小説 | ナノ

05 


 『執務室』と表札がある部屋に導かれた。この部屋は先生達が業務をしたり、談笑したりするものだったはず。
 自分がいた頃はもっと物で溢れていた気がする、その部屋。今ではさっぱりと片付けられている。
 かつてむき出しだった床板は柔らかな絨毯で覆われていて、暖かそうな印象を抱かせる。
 机の数が二つしかない。ということは、今では先生が二人しかいないということだ。昔は五人以上はいたのに、皆辞めてしまった様子だ。
 窓のカーテンは冬用の分厚いもの。
 少女が一人、その隙間から外を眺めていた。少女はこちらを薄紫の瞳で一瞥し、

「…ひぇっ」

 小動物のように震えながら、急いで老婦人の元に駆けよる。その後ろに隠れ、ひたすら怯えた薄紫を向けてくる。

「…あなた、どなた?」

 老婦人が訝しげな声をかける。

「私はレファルですよ。お久しぶりですね。ベアタ夫人。エバも」

 瞬間、少女は肩をビクつかせた。…相変わらず臆病な奴である。
 夫人は椅子に座ったまま目をしばたいた。

「まあ…!随分と大きくなって!!
 ああ…残念だわ。院長先生は今、留守なのよ」

 ほぅ…。

 ベアタ夫人は懐かしむように息を吐いた。
 その背中ごしに小さな声が聞こえる。

「白堊ちゃん、そいつがレファルってサギだよ。レファルじゃないよレファルもっとギスギスだったよ」

「こら慧羽!!そんなことを言っては駄目だって!
 す、すみませんレファルさん。あの子はまだ小さかったから覚えていないようです」

 ハクは妹に代わって頭を下げた。
 見た目はあまり似ていないが、二人は実の姉妹である。

「レファルはね、社会の荒波に呑まれて、角が取れて丸くなって帰って来たわけなの。
 …というか、あなた今まで何やってたのかしら?手紙も寄越さすに」

 鋭い眼差しのベアタ夫人に弁解するように語る。

「…学校に入って、勉学に励みました。ユリウス王立博物館に就職が決まって、春からは研究員です…」

 夫人は、白堊に叩かれた頬の辺りを眺めた。

「まあ、いいでしょう。白堊の本気で怒る姿が見れなかったのは心残りですがね」

「何を期待してたのですか!?」

 ハクはたまらず怒鳴った。気を取り直すように息を吐くと、

「長旅でお疲れでしょう。レファルさんは適当に腰掛けてお待ちください。今、お茶を淹れてきます」

 椅子を差し出し、微笑む。

「客室に案内すればいいのに…」

 エバが何やらぼそぼそ言うが、ハクは取り合わない。

「レファルさんはお客様じゃないの。ぼくたちの大切な、家族」

 ちょっとおどけてみせようか。

「そうだね。それにしても、こんなに可愛い妹分に心配をかけるなんて、私はなんて罪深いのだろう」

「い、妹分…」

「不服かね?」

「ぃ、いいえ……」

 そう答えながらも、その顔には複雑な感情がありありと浮かんでいた。

「…白堊ちゃんを困らせないで」

 エバは咎めるような顔をした。恐る恐るベアタ夫人の後ろから出てくる。
 年齢は、確かハクの五つ下だったか。切りそろえられたベリーショートと、広いおでこという特徴は今も健在。細い手足を抱えて、すみっこで震えているのが似合い過ぎる。そんな印象。かつて、自分は彼女を小動物と同じように扱っていた。
 今、何故か手に箒を持っているが、おそらくこの部屋の掃除当番だったのだろう。
 彼女の頭の先からつま先までしげしげと眺めて、言う。

「しかし体積が膨張したね、エバ」

「…その言い方、なんかやだ…」
「せめて成長したと言ってあげて下さい」

 箒を抱えたまま、涙目で後ずさりされた。そこまで怯えられると地味に傷つく。


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