小説 | ナノ

昼下がり_2 


 店内は異様な空気に包まれていました。
 硬直した空気からいち早く脱却したのは、フィルとテロルです。しかし二人の反応はそれぞれ違いました。

「ふぅん」

 フィルは先程とは打って変わって冷ややかな眼差しを向け、

「ふぅん」

 テロルは愉快そうに口角を吊り上げながら、こちらへと歩いて来ました。

「まさかヘリオスに隠し子とはねぇ。いやー、スミに置けないわ」

 べっしべっしとヘリオスの背中を叩きます。

「待てお前ら。誰が誰の隠し子だって?」

「とぼけるのは止めてよヘリオス。どういうことかちゃんと説明して欲しいな」

「う、うくくくっ。そうよ、隠し事なんて水臭いわ…あはははは!無理、もう無理!!」

「止めろテロル!!」

 いよいよ笑いが堪えきれなくなったらしく、テロルはヘリオスを叩きながら大爆笑です。

「だってもう白々しいにも程があるわ!!あはははは苦しいー!!」

 ヘリオスはにっこりと笑うと、しゃがんでフランに目線を合わせました。

「なぁフラン。どうしてそんな嘘をついたんだ?見ろ、他人を疑うことを知らないフィルが侮蔑の眼差しを俺に向けているではないか」

 満面の笑みのヘリオスさんなんて初めて見た、とちょっと感動しながらフランは得意げに答えました。

「それはですね、ヘリオスさん。あのシーンではああ言った方がおもしろくなるってラツィおにいちゃんがおしえてくれたからです」

「誰だか知らんがロクな性格しとらんなそいつ…」

 ヘリオスが笑顔を貼り付けたまま呻きました。

「え!?隠し子って嘘なの!?」

 驚愕に目を見開くフィルの肩を、笑いすぎて涙目のテロルが優しく叩きました。

「こんなに似てないのに、親子とかないでしょー」

「そっかぁ。それならいいの。ごめんねヘリオス、早合点して…」

「ごめんなさい。ただこの場を混乱させたかったんです」

 フランも謝ります。そうするとフィルも強く怒るわけにはいかず、いいよいいよと手を振りました。

「では、改めて紹介する。こいつはフラン、新しい使用人だ。こっちはラザ、あだ名はわん太、新しい番犬だ」

「町に連れて来てる時点で番犬としての役目を果たしてない気がすんだけど」

 テロルのもっともなツッコミを受け、

「…………」

 ヘリオスは笑顔で耳を畳みました。

「ちょっと待ちなさいよあたしの話を聞く気皆無かあんたはっ!!」

「いいか、フラン。この騒々しいのはテロル。その頭上にいる黒い毛玉はサルファー。関わると面倒くさいことになるから気をつけろよ」

「ってあることないこと吹き込んでんじゃないわよ!!」

「実際ヘリオス氏にはかなり迷惑かけたからねー」

 ちりん、と鈴を鳴らし、テロルの頭上の毛玉ことサルファーは喋り始めました。

「入り浸ったり、家庭菜園の野菜を盗もうとしたり、裏手の森で魔法の試し撃ちをしようとしたり…。フラン嬢、こういう大人になってはいけませんよ」

 酷い言われようです。しかも主人以外には敬語です。

「つ、使い魔にここまで言われるあたしって一体…?」

 テロルが床にしゃがみこんでブツブツ言っているのをよそに、フランはこの喋る猫がとても気になりました。

「サルファーはしゃべれるの!?すごい、わん太はしゃべれないのに!!」

 しかしサルファーはちりんと鈴を鳴らして答えました。

「いいえ、猫ではありません。魔物です」

「まもの!?」

 よくよく見れば、全体的に猫っぽくはありますが、顔立ちは狐に似ていますし、尻尾はやたら長いですし、背中には蝙蝠みたいな羽が生えています。

「あ、人なんか食べませんから安心して下さいね」

 その冗談めいた言葉を聞いているのかいないのか、フランはおもむろにサルファーを抱き上げました。

「に・く・きゅー!」

「にゃあぁっ!?」

 ぷにぷにぷにぷに。
 唐突に肉球を揉みしだかれ、さしものサルファーも悲鳴を上げました。逃げようにも、がっちりとホールドされているために手足をばたつかせるのがせいぜいです。

「ちょっ!?何してんのよあんた!!」

「いちどやってみたかったんだー」

「答えになってないわよ!くっ…こうなったら…!」

 テロルは傍観を決め込んでいたラザに抱きつき、もふり始めました。

「どうよクソガキ!」

「まっ、まけないもん!!」

 もふもふもふ。
 ぷにぷにぷに。
 二人の熾烈な戦いは始まったばかり。

「いや、何の戦いだ」

「楽しそうで良かったなぁ」
 思わず半眼で呻くヘリオスの傍らで、フィルが微笑みます。
 ただ1人、とんがり帽子の少女だけがぼんやりと事態を眺めていました。

「この人達…変」


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