昼下がり_3
「ここってお菓子はないんだねー」
フランはちょっと残念そうに呟きながら店内を見て回り、やがて、ウサギ柄のマグを選びました。
「それでいいのか?」
「はい!すてきなマグだと思います。…あの、あたし、ここ来る前に自分のどうぐみんな売っちゃったから、買ってもらえてうれしいです。自分のものがふえるのが、うれしいです」
「そのマグはなぁ、飲む人のちょうどいい温度に飲み物を保つ魔法がかかっとるんよ」
「そうなんですか?あたしベロをやけどすることが多いから、ぬるくなったらうれしいです」
「猫舌か?」
「そういうわけじゃないんですけどぉ」
「ちゃんとフランちゃんの好きな温度になってくれるから大丈夫だよ」
「よかった!」
このマグでミルクを飲んだらきっとおいしい。フランにはそんな確信がありました。
しかし、選ぶのには思いの外時間がかかりました。というのも、(勿論、迷っていたこともあるのですが)フランが品物を選んでいる最中、とんがり帽子の娘がずっと、フランの背中とヘリオスを交互に見つめていたからです。これでは気が散って仕方ありません。
そこでフランはとんがり帽子に向き直り、意志の強そうな眉を吊り上げました。
「あたしに何かご用ですか?」
とんがり帽子は椅子に腰掛けたまま、ぼんやりとフランを見上げました。いまいち感情に乏しい薄紫色の眼に見つめられ、フランはちょっと居心地の悪さを感じました。
「…そっちの、男の人。どこかで会ったことあったような気がしたの」
ヘリオスを見ると、疑問符を浮かべていました。
「…確か、お前とは初対面の筈だが」
「…。やっぱり、気のせいだった…かも」
「…そうか」
「…」
かくて、微妙な沈黙が訪れた瞬間、
「新手のナンパかあんたは」
スッパ――ンと景気の良い音が響きました。テロルが娘の膝上のとんがり帽子をはたき落とした音でした。
とんがり帽子の娘は状況に付いていけずに目を白黒させています。
「ごめんね?こいつ、エバって言って、知り合いの妹で現役アカデミー生なんだけど、たまにこうして変なこと言い出すの。悪気は無いんだけど、だからタチ悪いのよね」
アカデミー。その名前はフランとラザでも聞いたことがありました。学芸都市にある、魔法使いのための学校です。
「え…慧羽です。アルナーには友達の里帰りついでに遊びに来ました。よろしく」
エバと呼ばれた娘は、のろのろと帽子を拾ってから軽く会釈しました。
「でも、ま、基本的には無害だから気にしないでちょーだい」
「絶賛類は友を呼ぶ状態だな」
「誰が類だっつの」
「二人共ー、漫才はやめなってー」
「誰がだ!?」
「誰がよ!?」
やいのやいのとトリオ漫才を始める三人は放っておいて、フランは気になっていたことを訊いてみました。
「お姉さんは魔女なんですか?」
エバはあっさり答えます。
「そう。魔女が、わたし」
変わった喋り方をする人だなぁとフランは思いました。
「おとぎ話みたいに、ホウキで空をとんだりできるんですか?」
「できるよ?そんなの簡単だもん」
「すっごいすっごーい!」
フランの瞳がきらきら輝き、その幼い顔立ちが無邪気な好奇心に彩られていきます。
「どうやってとぶんですか?あたしにもできますか?」
うきうきとした質問に、しかしエバは沈黙しました。口元に手を置き、何事かを思案しているようです。
何かまずいことを言っただろうかと軽く不安になるフランの裾を、ラザがくいくい引っ張りました。 そこでフランは安心したように微笑むと、ラザの頭を撫でました。
やがて、エバはぽつっと呟きました。
「あなたからは魔力の波動は感じるけど…、魔法使いになれるかはわからないの。それよりも、あなたからちょっと危ない感じがするから気をつけて」
「へっ!?」
彼女の言葉の意味がわからずに、フランはポカンと口を開けました。
「なんかね、おかしなやつらがずっとあなたにまとわりついてる。だから、気をつけて」
冗談を言っているようには見えません。しかしあまりに物騒な物言いでした。
さすがのフランも困惑を隠しきれず、大人達も怪訝な顔つきでエバを見ます。
「わたし、もう戻らないと」
だけど彼女はそんな視線を一切意に介さず、さっさと椅子から立ち上がり、フィルに一礼しました。
「お邪魔しました」
「また来てなぁー」
言いたいことだけ言って去っていく年若き魔女を、店主たるフィルは柔和な笑顔で見送りました。
店の扉をくぐりながら、エバはぼそぼそと呟きました。
「…そもそもこの町自体がとってもおかしいもの。足を踏み入れた瞬間からざわざわしてる。町の中に変な気配がいっぱいで変なのぉ…」
その呟きはあまりに小さかったので、聞き取ることができたのは、人間よりも耳の良いヘリオスとラザだけでした。
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