昼_6
ロジーと別れ、少し休んで元気になったラザを連れ、三人(二人と一匹)は商店街を歩いていました。
さっきからフランの様子がおかしいとヘリオスは気付きました。明らかに口数が減り、まるで考え事をしているかのようです。
「…ロジーから『森に入るな』って警告でもされたのか?」
歩調を合わせて歩きながら、ヘリオスはそっと問い掛けました。
フランは弾かれたように顔を上げ、すぐに「しまった、顔に出てた」という顔をしました。しかしやがて観念したように口を開きました。
「…ロジーに、森でいなくなった子の話をききました。あたし、そんなことがあったなんて知らなかったからビックリしちゃって…」
「…今では、あの話は『なかったこと』にされてしまったからな」
フランにはなんで『なかったこと』にされたのかわかりません。
「そういえば、なんであたしたちの話のないようがわかったんですか…あ!」
フランは思い出しました。ロジーと遭遇した時のことを。
「さっきヘリオスさん、たしか『2人とも知り合いなのか?』って言いましたよね?あの言い方をするってことは、ヘリオスさんとロジーも知り合いなんですか?」
「そうだ」
淡々として、ヘリオスはまるでなんでもないことのように話し始めました。
「あいつと初めて会ったのは二年前。ロジーはな、たった一人で屋敷に乗り込んで来て、開口一番に『友達を返せ』と掴み掛かってきた」
「え!?」
フランも、ラザすらも、目を大きく見開きました。しかしヘリオスは大したことではないとでも言うように続けます。
「勿論、今では誤解は解けたがな。…だが、失踪事件の犯人として一番怪しいのは、森の所有権を持つエクセドラ家だからな。疑わしいのは否定せん。
…最初に言ったよな?俺達は魔物の血を引く一族だと。そして森には人を喰らう魔物がいる。この二つの関連性なんて、すぐに思いつくだろう…。そうだ、俺の体内の何割かには、人喰い魔物の血が流れているんだよ」
淡々としていた口調は、段々と自嘲気味な響きを帯びていきました。
「どうだい、怖くなったかい?お嬢ちゃん。今なら仕事を辞めてもいいんだぞ」
からかうように口元を歪めて笑いながらも、どこか寂しげ。そんな口振りに、表情に、態度に、フランの中でムッとした感情が湧き上がりました。持ち前のツンとした気性を隠しもせずに語気を荒げます。
「こわくなんてありません!…知らないものごとだからこわくなるんですよ。知ってしまえば『なーんだ』ってなるにきまってます!だからあたしは、知りたいんです。いろんなことを」
勢いのままに言葉を重ね、フランは息をつきました。
「あたしだって最初に言ったじゃないですか。あなたのこと、こわくないですって」
「…そうだったな」
ヘリオスの目から鋭さが消え、優しい色が浮かびました。それはフランが初めて見た、ヘリオスの笑顔でした。
並んで歩きながら、フランはヘリオスを見上げます。
「ヘリオスさんたちは、事件にかんけいしてないんでしょう?」
問いながらも、フランには確信めいた思いがありました。
「ヘリオスさんがウソをついているようには思えません。あたしみたいな子どもにも、ごまかしたりしないで本当のことを話してくれているようにかんじます。だから教えてください。あなたの知っていることを」
ヘリオスはフランの視線を反らさず、静かに受け止めました。
「エクセドラ家は一切関与していない。森には人喰い魔物がいて危険だから、一般人は立ち入り禁止。俺が知っているのはこの程度だ」
「『あの森には奇跡の霊薬がある』ってさわぎになったこともあったそうですね?」
「ああ、あったな、数年前に。そんな湖なんて噂の産物にすぎんから信じるな。あの噂のせいで、何人の命知らずが森に入ったまま帰って来なくなったことか」
「やっぱり食べられちゃったんですかね?」
「知らん。お前も興味なんて持つな、命惜しくば森には近づくな。あそこは危険なんだ」
「はぁい」
再び鋭利さを増すヘリオスとは対照的に、フランは元気よく手を上げて返事をしました。
惜しく思う命なんて、彼女にはありませんでしたから。
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