小説 | ナノ
捌
(日付をわすれてしまいました。あとでかくにんしておこうと思います)
親愛なるわたしの友達、あなたがぶじで本当によかった。そういうほかありません。 ええと…。それで、なにから記したものかでしょうか。いまだにわたしの手は震えていて、うまくペンを走らせることができません。大きな風がなにもかもなぎ払ってしまったように、わたしの心には空虚な感情しか残っていません。すべてはいっしゅんのうちに終わってしまいました。それを書き表すすべがわたしにあるかどうか。 ええ、でも、親愛なるわたしの日記帳!こんな言葉をならべたところで、あなたにはなんのことだかわからないでしょうね。だから、あなたに記します。わたしが見たことを、わたしが知りえるかぎりを。
けつろんから先に言えば、妹の不安は当たったのです。 その夜、かすかな物音に気付いた白堊が目を覚ますと、屋敷は既に見知らぬ男達の手に落ちていた。 男のひとたちは強盗で、わるいそしきの一員でもありました。そして、すごい魔導書を探しているというのです。その人たちはわたしたちをしばると、広間につれて行きました。そこにはすでにおとうさんとおかあさんが転がされていました。その人たちのうちの、かしらっぽい人がおとうさんに刃物を突き付け、獣みたいな声でたずねました。「宇宙創世の魔法や世界の全ての秘密を書き記してあるという〈徴の書〉はどこにある?」
父親は、そんな〈書〉が自分の家にあることすら知らなかった。ただ、少なくとも目の前の輩に渡したら確実にろくでもないことになると思った。 おとうさんがしぶしぶしていたので、わるい人たちはいらいらしたみたいです。おそろしいことに、今度は慧羽の首筋に刃物を押しあてました。 父親は娘の命には変えられないとは思いながらも、冷静さを欠いてはいなかった。彼は行商人として幾度も修羅場を潜り抜けてきた、交渉術と胆力に長けた男だった。 彼は強盗達と交渉し、彼らの目的を聞き出し、さらに自分一人で〈書〉を取りに行くことを了承させ、時間稼ぎを図った。
そこまでは良かったのだ。
賊の中に、気の短い上に他人の話を聞かない男さえいなければ。
業を煮やしたその馬鹿はリーダー格の男の制止を振り切り、父親へと刃を振り下ろした。血飛沫が飛散し母親の金切り声と男達の騒然たる声が重なり―― 白堊は見た。 妹を縛っていた縄と猿轡が燃え散り、彼女に刃を突き付けていた男が業火に飲まれる様を。
「――無詠唱――だと――!!?」 だれかがさけびました。だれかがどなりました。だれかが呪文を唱えようとしました。だれかがひめいを上げました。だれかがなきさけんでいました。それはわたしだったのかもしれませんし、あるいはおかあさんだったのかもしれませんし、ひょっとしたら慧羽だったのかもしれません。 みんながこんらんしていました。わたしは何度も神様をよびました。だけどかしらっぽい人が慧羽を殺せってどなりました。手下の人達が剣をむけました。わたしは動いていました。なぜそんなことをしたのかはわかりません。でもきづいたら慧羽をだきしめていました。せなかがあついっておもいました。これはあとになって知ったのですが、わたしはきられたみたいです。だけどそのときは慧羽をだきしめることに夢中でした。頭がぼんやりして、上も下もわからなくなって、なにもかもゆらゆらゆれていましたが、慧羽がひときわおおきなこえでさけぶのだけはきこえました。 いきおいをましたほのおが、すべてをつつみこむ音も。 そうして、この事件で生き残ったのは、彼女達二人だけだった。
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