小説 | ナノ

03 


 交易都市ユリウス。その名の通り、人と物資の中継点である。城壁に丸く囲まれた自治都市で、その人口は首都に次ぐ…らしい。
 鉛色の空の下、人々はせわしなく動き続けている。

「八年ぶりか…」

 ぽつんと呟いた。自分でも驚く程に何も込み上げてこない。
 城壁の中に入るための手続きを済ませ、馬車で隣り合わせた中年の男と言葉を交わした。

「雪はいつ降り出しますかね?」

 男は地図を見ていた目をこちらに向け、首を振った。

「さぁな。俺は今日の昼過ぎに降るって聞いたがね。奴らもったいぶってんだよ。
 あ、初雪といっても今日のは積もるらしいから気ぃつけなよ」

 青い目が、へらりと笑った。


 男と笑って別れた後、自分の記憶のみを頼りに進む。街並は記憶と微妙にくい違うところが多い。

「くっ…!駄目だな地図を貰えば良かった」

 薄ぼんやりした思い出を手繰り寄せる。
 大通りを抜けて、下層階級の市民が暮らす区画へ。曲がり角は右右左の順。目印だった赤い家は無く、立ち止まって周囲を確認。
 雑貨屋らしき店のショーウインドーに映る自分の姿が、ふと目に入った。
 蒼い髪に暗赤色の瞳はあの頃のまま。しかし、身長は伸びて声は低くなっている。
 当たり前だ。
 もう、雪が降っても風邪をひかなくなったし、熱も出なくなった。
 目の前にいる、柔和な顔立ちで笑っている男。それが、今の自分。

 空を仰いだ。鉛色はさっきよりも濁っている。もどかしく降らない雪の代わりに、白く吐息を捧げてやった。



 小さな通りに、子供らの歓声が響いていた。この寒いのに平気なのだろうか?

「いや…、私もよくやったな、ああいうこと。寒さも気にせずに」

 我知らず苦笑する。

 小さな庭と二階建ての家屋。それらは、記憶よりも小さく感じる。さらに、内装を変えて、全体的に小綺麗になっていた。
 門の表示を見る。

 『こばとえん』

 文字の下につがいの鳩と花のモチーフ。

 ああ…帰って来たのか。
 安堵ともつかない奇妙な感覚に包まれる。

 覚悟を決め、足を踏み入れた。

「あの…」

 瞬間、背中ごしに声がかけられた。
 慌てて振り返ると、伏し目がちの薄緑色が

「あっ…御免なさい!?」

 そこにいた。


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