昼_3
「うげって何さ。うげってさ」
「…うざっ」
ぼそりと、低く、極めて不機嫌にフランは吐き捨てました。ヘリオスにとっても、付き合いの長いラザにとっても、こんなフランを見るのは初めてです。
「言いかえりゃいいってもんじゃないさ!」
そんな態度にもさして気にした風はなく、ロジーはケラケラと笑いました。
「二人とも知り合いか?」
「トモダチです!!」
「ち・が・い・ます!!」
ヘリオスの問い掛けに、フランは大否定で答えました。
「ヘリオスさん、ごかいしないで下さいね。ただの知り合いです。町に来たときにつかまって、ちょっとはなすていどの」
「つまりわたしは自称友だちなのさ!」
「うざっ」
ロジーは町に住んでいる、フランより二つほど年上の子供です。サバサバとした性格で、良く言えば世話好き、悪く言えばお節介。細かいことは気にしない性質のようです。
「あいかわらずつっけんどんさねー。そんなフランちゃんにはアメをあげるのさ!」
「は?ながれがいみわかんない…」
じゃーんと言いながらロジーはポケットから棒付き球体菓子を取り出しました。途端にフランの顔色が変わります。
不機嫌オーラが消え、目を輝かせ、ひったくるようにアメを奪い、包みをはがし、
「こんなものであたしが釣れると思ったら大間違いなんだからね!」
もごもごと幸せそうな顔で言い放ちました。
「説得力皆無だぞー」
こいつ結構菓子に弱いな、とヘリオスは呆れました。
そんな彼に、ロジーがすまなそうに手を合わせます。
「…あの、エクセドラさん。わたしフランちゃんとちょっと話したいんですけどいいですか?お仕事中ならいいんですけど」
「ん、構わぬ。俺はしばらくここでラザと涼んでいるとするか」
ヘリオスは芝生の上に横になり、それなりに回復しつつあるラザを撫でました。
「ちょ、ちょ、ちょっとヘリオスさん!何、きょかしてるんですか!これからお買い物じゃなかったんですか!?」
「時間はあるし、ラザは休まないといけないんだ。そうなるとお前暇だろ」
「いやまあ、たいくつって大きらいですけどこいつといっしょもなんだかイヤです!」
「ロジーはポケットにまだアメとビスケットを持っているぞ」
「ロジー、はなしって何?」
ころりと態度を豹変させる姿に、ヘリオスとラザは揃って苦笑するしかありません。
「全く現金な奴だな」
ヘリオスらを残し、二人は広場の反対側に向かいました。どうやらここではしにくい話のようです。
しかし、ざあざあとした風に乗り、かすかな話し声がヘリオスの鼓膜まで届きます。
「…嫌だねぇ、聴こえすぎるってのも」
仕方なく耳を折りたたみ、ついでに目も閉じました。盗み聞きをしている気分になりたくなかったのです。
それにしても、とヘリオスは考えます。
――フランのロジーに対する態度は、本気で嫌っているというよりも、どう接していいのかわからずに拒絶しているように見えた。それは恐らく、彼女の生まれ育った環境にあるのだろう。物心ついた時から、屋敷の使用人として沢山の大人の中で一緒に働いてきたと言っていた。ならば、ひょっとして、同年代の子供と話したことすらなかったのではないか――。
「だとしたら」
何故、大勢の大人の中でフランだけが子供だったのか。ヘリオスはそこが不思議でした。幼い子供を働かせる風習も、あるにはあることは知っています。ですが、それなら他に子供がいてもおかしくないはずです。
当時のことをラザに訊けたら早いのですが、生憎ヘリオスは動物の言葉がわかりませんでした。
フランの過去。そして、彼女にどう向き合い、何をするべきなのか。
彼の静かな苦悩など素知らぬ顔で、木漏れ日がきらきらとさんざめきました。
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