小説 | ナノ

昼前 


「と、いうわけですわ」

「いきなり何ですか姉上。俺は見ての通り、昼飯の支度で忙しいのですが」

 ヘリオスは面倒そうに片耳だけをぴくりと動かしました。今は姉の話よりも、目の前の野菜を切り分ける方が重要みたいです。
 そしてそんな弟の態度は全く以てお構いなしに、エオスは言葉を続けます。

「うふふ。私達の昔の服のありかをおじい様に聞きましたの」

「…せめて会話くらい成立させましょう姉上」

 ヘリオスはもう二十歳になりましたが、生まれてこの方、エオスとの会話で疲れなかったことはありません。

「もう!ヘリオスはいつもそんな減らず口!!人が話をしているのだからちゃんとこっち見てくださいな!!」

 エオスはぷっくりと頬を膨らませました。

「せっかくフランちゃんがおめかししてますのよ!?」

 エオスは問答無用とばかりにヘリオスの頭を鷲掴みにし、ぐいぐい動かしました。これにはヘリオスもたまらず、叫び声を上げます。

「痛て!!姉上、首をひねらないで下さ――」

 その声はたちまち絶句へと変わりました。
 強制的に振り返らされたヘリオスの視界に映り込んだのは、少しだけもじもじした様子のフランだったからです。

「…」

 彼女はいつもの黒い服ではなく、麻のワンピースに身を包んでいました。髪は下ろし、つばの広い帽子をかぶっています。極めて露出度の低い普段着から一転、袖が無いために剥き出しになった肩や、スカートの裾からサンダルへと伸びる白い足などがとても夏らしく爽やかで、とても印象が変わって見えました。
 ヘリオスは目を丸くし、

「おお」

 と感心したように息をもらしました。
 あらわになった腕がどうにも落ち着かないらしいフラン、謎の超笑顔のエオス。彼女たちを交互に見比べ、

「…合点しました。つまりは、服を持っていないフランのためにお古を与えたのですね?」

「ええ。すっっごく似合うでしょう?」

 エオスは誇らしげに胸をはりました。

「なんとびっくり、ヘリオスのおさがりがジャストサイズでしたわ!!」

「え。このかわいいお洋服…ヘリオスさんの…?」

 フランは愕然としながら、自身を包む布と、自らの主人を見比べました。

「うんフランよく似合っているとても可愛らしいぞ涼しげで」

 がしっと音を立ててその肩を掴み、ヘリオスは有無を言わさない口調で言いました。

「人は誰しも忘れたい過去を持っているのだ頼むから気にするな」

 本気の眼光です。子供相手にする表情ではないですよ、それ。

「わっわかりましたっ。
 エオスさん、こんなにすてきなお洋服をありがとうございます」

「うふふ。今度はお仕事用のエプロンも縫って差し上げますわね」

 エオスはうきうきと答えました。

「で…ぜーんぜんかんけいない話なんですけどー、あたしは今なんかちょっとアイスが食べたいなー、なんて」

 フランはヘリオスの方をちらちら見つつ呟きました。

「…………昼飯の後で一緒に買いに行ってやる」

 ヘリオスの漏らしたその声には、どこか頭痛をこらえるかのような響きがありました。


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