小説 | ナノ

02 


「――ねえ…。…」

 誰かの声と、揺り動かされる感覚。

 誰だ。

 かすかな苛立ちとともに目を開ける。ブラウンの大きな眼がこちらを覗き込んでいた。

 がたごとがたごと。

 車輪が軋む音が体を通して伝わってくる。

「あれ?馬車…?」

 狭い安馬車の中、自分と乗客達は身を寄せ合って座っていた。

 そうだ。
 自分は久々に故郷へ帰るため、乗合馬車に乗っていたのだった。

 ――しかし随分と懐かしい夢を見たな…。

 窓の外は、夢の中と同じ鉛色。これから初雪でも降りてきそうだった。

「よくこの振動の中寝てられるわねー」

 呆れたように正面に座る少女は笑った。

「うーん、ひょっとして、起こしちゃまずかった?」

 ブラウンの瞳がすまなそうに苦笑する。

「いや、助かったよ。寝たままだと、私はきっと乗り過ごすところだったからね」

「なんだ、にいちゃんもユリウスで降りるのかい。俺もだよ」

 隣に座っていた中年の男が笑いかけてきた。

「みんな、絶対あの大都市で降りるのよねー。あたしこれから一人かしら」

 少女がぼやく。彼女が話す度に、周囲の空気が白く揺らぐ。
「お嬢ちゃんはどこまで行くんだい?」

「アルナー」

 短い回答。不満がありありと浮かんでいる。

「雪かきの人手が足りないから、帰って来いって…。あたし寒いの嫌いなのに!」

 少女は胸元に入れている黒猫を抱え直した。

「帰って来い、と言われるだけでも幸せだよ。…私は呼ばれてもないのに帰郷する身だからね」

 自嘲気味の笑顔が浮かぶ。
 一方的に飛び出し、この数年間一度たりとも連絡をしていない。その挙げ句、唐突に帰って来る。客観的に考えて、自分はかなり馬鹿なんじゃないか?
 それでも、帰りたくなった。
 勝手に飛び出したことを謝りたかったからだ。

「家出かい?」

「似たようなものです」

 なんだか恥ずかしくなってうつむいた。


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