小説 | ナノ

肆 


風待月つごもり くもり

 おかあさんはわたしたちが眠る前にいつもお話の読み聞かせをしてくださいます。
 でも、今日はおとうさんとなにごとかをはなしあうので忙しいみたいです。だから、代わりにわたしが慧羽にご本を読んであげました。慧羽は魔法使いのおはなしが好きで、



「――だから黙れと言っているんだッ!!」

 突如として響く怒鳴り声。それは彼女の父の声。
 それまで聞こえていた母の金切り声が沈黙する。
 白堊はちらりと隣室に目を向けたが、何事もなかったかのようにすぐに日記帳へと視線を戻した。


 わたしたちのおとうさんは、行商人をしています。そのせいでめったに家に帰ってきてくれません。少しさびしいです。さびしいけど、しかたのないことなのです。
 おとうさんは家族のためにはたらいています。でも、おかあさんは、家族のために早く帰ってきてほしいと思っているのです。おたがいにおたがいを想いあっているのに、ボタンをかけちがえたようにケンカをしてしまいます。
 でも、きっとだいじょうぶです。だってあんなに仲が良かったのですから。


 パタンと日記帳を閉じ、伸びをする。いつの間にか両親の怒鳴り合いは収まっていた。
 ベッドの中でカタカタと震えている妹に声をかける。
「もう、終わったよ」
 白堊はいつものようにふわふわと笑いながら、妹を安心させるように撫でてやる。
「だいじょうぶ。明日もきっとしあわせな日になるよ」
「…」
「なにもこわくないよ」
「……」
 慧羽は無言で白堊の手を握りしめた。
「おやすみ、慧羽」
 小さく嗚咽をこぼす妹を抱きしめながら眠りにつく。

 ――きっとだいじょうぶ。きっとすぐに元通りだから。



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