1-5
「そんなこんなで滝壺から落ちてこの河原まで流されたみたいだね。どれくらいの距離かはちょっとわかんないけど」
少年は昨晩の顛末を掻い摘み語った。
セレネは一言、
「よく生きていたな……」
呆れとも感嘆ともつかない様子である。
「滝壺は大きな岩を爆砕して、あとは斥力を発生させてなんとかしたんだ」
「そういうことではない!!」
そろそろ昼前に近い。空は高く澄み渡り、ゆっくりと雲が流れて行く。
少年の衣類は既に乾いていた。
セレネは立ち上がる。
「よし、では行くか」
「どこへ?」
あっさりと何気ない返答が来た。
「貴様の荷物を取り返しに行くんだ」
少年は呆気に取られて少女を見上げる。
(なんだ、それ)
セレネは当たり前の事を言っただけの様で、少年の反応に却って疑問符を浮かべている。
「何だ貴様。荷物が惜しくないのか?」
「惜しいけど、もう処分されていると思う……って違う! 君がそんな事してどんな益あるんだ!?」
「益、か。確かに私には利益も得も無いだろうな」
「だったら……」
「わからない奴だな、貴様は。荷物が無いのは困るだろう? だから手伝ってやると言っているのだ」
どうやらそこに他意は存在しないようだった。
少年が絶句しているうちに彼女はすたすたと歩き始める。
「おい、何をしている。早く来い! 案内しろ!!」
(偉そうな子だなぁ)
だがどうやら立ち上がらざるを得ないようだった。
「……君、よく迷惑って言われない?」
「知らないな。私の周囲には笑いながら破壊行為をする者ばかりだったから目立たなかったのかもしれない」
セレネの横顔が恐怖に染まる。少年はその人間関係を想像して半歩後ずさった。
「――そうだ貴様、いつまでも『貴様』では呼びにくい。そろそろ名乗ってくれ」
少年は少し悩んだ。本名はもう使えない身だったからだ。親から貰った名は親に返していた。旅の途上では名乗る事もそうなかったので、そのままにしていた。
暫く躊躇った後、少年は元の名からもじった名を告げた。
「……クロム。オレの名前は、クロム」
「……そうか。クロム、よろしくな」
明らかにカナン人の名前ではなかったが、セレネは何も聞いてこない。
(そんなものなのかもしれないな)
クロムにはそれが有り難かった。
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