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少年が倒れていた。
まだ十代半ば程の少年だった。幼さの残る顔立ちだが、その双眸は固く閉じられている。
背中よりも伸ばした髪を細い布で幾重にも括っているが、苔よりも暗い色のその髪は水気を含んで体中に纏わりついていた。
旅装に包まれた体格は大きくない。やや小柄と言えるだろう。しかし張り出た喉仏や筋のある手の甲、しなやかな筋肉のある体つきは少年がもう子供ではないことを示していた。
外套は川の水を吸って重くなり、所々に水草や枯れ葉が付着している。少年は全身を濡らしたまま河原にうつ伏せになっていた。
川は深く、流れは早い。山は高く、岩肌は鋭い。
そこは谷底だった。街道から逸れた道、険しい山中の谷底だった。
吹く風が少年の髪や外套を撫で乾かしていく。
「一体どうしてそんなところで寝ているんだ」
声は空から降ってきた。
声は続ける。
「おい貴様。何故朝から河原で寝ているんだ。怪我をしているようには見えないが? 病気か? 二日酔いか? ……それとも、まさか、そういう趣味なのか」
張りつめた琴糸に似た声音は、ややあって咳払いをした。
「い、いや、人の趣味は千差万別だったな。すまぬ、貴様の趣味をどうこう言うわけではないのだ」
「……君は随分口が達者だね」
少年は目を開いた。切れ長の目は猫科の肉食獣を思わせる暗黄色をしている。
少年は視界の端に沢蟹を捉えた。次いで高天を見上げ、白く浮かぶ昼間の月に目をすがめる。
「どこを見ている」
呆れたような気配を追えば、少し離れた位置に人影があった。
その人物は、背格好だけなら少年と同年代に見えた。
しなやかな体躯に外套を纏い、長い金髪を一本の三つ編みにしている。肌の色は淡い小麦色、眼鏡の奥の瞳は群青色。引き結ばれた唇と太い眉が中性的な印象を与える。
木製の杖を緩く握っているのは少年を警戒してのことだろう。構えているわけではない。自然な立ち姿である。だが、何かあれば即座に動けるよう注意を払っている。
少年は身を起こし、両手を軽く掲げた。
「ひょっとして、怪しまれています?」
「当たり前だろう」
返る声質は女性のようだが、声の調子は声変わり前の童子に近かった。
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