第一話
泥のように重く沈殿する空気の中、最も早く動いたのはローブの男だった。何かを言いかけた娘よりも早く、傭兵達に指示を飛ばす。
「矢をつがえろ!」
一拍遅れて傭兵達が弓を引き、娘目掛けて一斉に矢が放たれる。
黒猫が大きく羽ばたいた。
途端、辺りに暴風が巻き起こり、矢は届く前に全て吹き散らされる。
娘は鼻を鳴らす。
「問答無用ってわけ? 随分なご挨拶じゃない」
「その年格好……その頬の傷……。魔法使い連盟め、よりにもよって貴様を送り込んで来るとはな! テロル・ミリオンベル!!」
場がざわめく。傭兵達が互いに顔を見合わせ、小声で囁き合う。
事情を知らないケトルは何とも言えない居心地の悪さを感じた。
「テロルって、あの……?」
「雷火の魔女……」
「行く先々で村や町が滅びると言う……」
「あたしのせいじゃないわよ!!」
テロルが登場した時と同じ言葉を叫び、地団駄を踏んだ。
ケトルは唐突に理解した。
――このひと、毎回こんなことやっているんだろうな……。
「とっにっかっくっ!!」
仕切り直すようにテロルはローブの男を指差す。
「あたしのこと知ってんなら話は早いわ。ヴィレム・ヴェーメル! あんたに魔法使い連盟から討伐令が出たのよ」
テロルは懐から赤い紙を取り出し掲げる。
「本日この時を以て身柄と財産、研究資材全てを連盟に引き渡しなさい」
「私は既に連盟を脱退している。従うとでも?」
テロルは肩をすくめた。
「思わないわ。でなきゃこんなに護衛を雇ったりしないでしょ?」
護衛という言葉を聞いてケトルは気付く。あのうるさい少年がいないことに。
壁を蹴る音がした。
瓦礫を飛び越えて接近した少年が勢いのままに壁を足場にし、跳躍。宙からテロルに向かって剣を振りかぶる。
さっとテロルが翳した両手から炎が直線的に放たれる。
空中で身を捩ってかわす少年。その着地地点にあのネコモドキの風の刃が一閃。間隙を縫って迫っていた他の傭兵達をテロルの生み出した暴風がまとめて吹き飛ばす。
「すげぇ……」
ケトルはただ眼前の光景に圧倒されていた。瓦礫にもたれ、左腕の止血を急ぐ。時折火花や礫石、瓦礫の破片が飛んで来るが、体力の消耗が激しく迂闊に移動は出来なかった。
魔法を見るのは初めてではない。だが、ケトルにとって魔法とは、個人差はあれど誰にでも使える技術であり、生活をちょっと便利にする便利な代物程度の認識しかなかった。
「魔法使いアシュリーと魔王の戦いも、こんな感じだったのかな……」
左腕を軽く動かしてみる。どうしようもなく痛いが、自分はどうせ片手剣だから問題ないと言い聞かせた。
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