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 両親はいないのが当たり前だった。
 物心ついた時には既に、肉親は姉の白堊ちゃんだけだった。
 何故親がいないのかを問うと、白堊ちゃんは決まって悲しそうな顔をした。彼らはどうやら事故で亡くなったらしいが、それ以上は絶対に語ろうとしなかった。
 白堊ちゃんはその話の度に

「あの優しかったお父さんとお母さんの顔を覚えていないなんて慧羽は可哀想」

 と言った。

 だけどわたしは両親が本当に優しかったかどうか、知らない。白堊ちゃんは誰でも彼でも優しい人にしか見ることが出来ないから。
 なにしろ、わたしたちを引き取ったあの親戚を名乗る怪物共のことを、

「住む所と食べ物を与えてくれるなんて、なんて優しさに溢れた良い人達なんだろう!」

 と信じきって疑わなかったから。
 怪物共は確かに住む所を与えてくれた。でもそれはすきま風が入り込むとても寒い屋根裏で、すごく埃まみれだった気がする。
 怪物共は確かに食べ物を与えてくれた。でもそれは白堊ちゃんを痩せ細らせる量しかなかった。
 加えて、怪物共は理不尽だった。気に入らないことがあると、白堊ちゃんを殴った。蹴った。
 なんでそんなことするんだろう。
 とにかく、白堊ちゃんには生傷が耐えなかった。それでも白堊ちゃんは、

「ぼくが言いつけを守れなかったから、殴られても仕方ないよ。
 あの人達は慧羽には手を出さないでくれる。だから本当はとっても優しい人達なんだよ」

 とふわふわ笑っていた。
 わたしが無事なのは、白堊ちゃんが両手を広げてわたしを庇うからだ。いもうとはぶたないでと泣き叫んで懇願するからだ。
 その頃のわたしは2歳くらい、まだ自分では何も解らず何も出来なかった。

 ある日、ついにわたしたちは追い出された。なんでかは知らない。覚えてない。
 覚えてるのは、白堊ちゃんがひどく落ち込んでたこと。
 赤くなった指先から血をにじませながら、白堊ちゃんはわたしを背負ってとぼとぼと通りを歩いていたのを覚えている。
 それでも白堊ちゃんはわたしを励まそうと言葉をかけ続けた。でも、わたしは怪物共と縁が切れてせいせいしてたけど。

 その内に雪が降ってきた。
 とても危険な存在が降ってきた。
 ひゅうっという鞭がしなるような音が聞こえたらもう駄目。やつらはぐるぐるぐるぐるそこらを駆けずり回って、ごうごうごうごう吹雪をおこす。
 昼間だろうが夜だろうが関係ない。
 初雪だろうがなんだろうが吹雪く時は吹雪く。

「どうしよう…。せめて屋根のある場所へ行かなくちゃ…。」

 白堊ちゃんは足を早めた。
 雪が溶けた下から青くなった何者かが出てくるのはよくあることだったからだ。


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