小説 | ナノ

上 


 墨で塗られた空に浮かぶのは、鏡みたいに磨かれて光っている月。
 遠くに見える黒は、空よりも濃い木や建物の影で出来ている。
 近くに見える白は、お皿に注いだミルクよりも真っ白な地面の雪。それは庭にいっぱいに広がって、夜なのにまぶしいくらい。
 その上にかがんで小さなかまくらを作っているのが白堊ちゃんで、その隣がわたし。

 慧羽がわかることはそれだけだった。

 …なんでわたしたち姉妹はこの寒いのにわざわざ外気にさらされてるんだっけ。

 * *

 ここ数日間ずっと降り続いていた雪が止んだ時、本を読んでいたのがわたしで、日記を書いていたのが白堊ちゃん。
 いつの間にか外が明るくなっているのに気づいて、窓をそっと開けてみた。そしたら外はきーんと静かで、空に丸い穴が開いていた。
 そうか今日は満月なんだ、折角だから出てみようよと白堊ちゃんが言ったので、わたしたちはパジャマの上に防寒具を身に付けて部屋を後にした。

 * *

 「…」

 なんでつき合ったりしたんだろう…。
 呼吸のたびに鼻が痛くなって仕方がない。やっぱり止めればよかったかな。

 庭にいるのは彼女達二人だけであり、孤児院の他の子供はおそらく寝ているのだろう。だからこんなに静かなのだと推測する。
 なによりあいつらがいないことが嬉しい、と慧羽は感じていた。

「見て見て慧羽、ゆきうさぎの家ができたよー」

 ふわふわと笑う白堊ちゃんによって、わたしはやっと自分が目線を動かすことができる存在であることを思い出す。

 かがんでかまくらの中を覗くと、ちょこんとした小さな兎が四匹。とっさに抱いた感想は「なんだか生きてるみたいだ」というものだった。

「…兎…かわいい」

「慧羽も何か作ったら?意外と楽しいよ」

 その柔らかな微笑みに、実の妹でありながらも思わず見惚れてしまう。
 生きるのが楽しくてたまらないって顔してるね、最近の白堊ちゃん、と言おうとしたのに何故か言えなかった。
 喉に言葉が詰まるかすかな違和感を覚えつつ、それを誤魔化すように雪を玩ぶ。

「…雪だるま…作る」

 やっとのことでそれだけ言えた。
 雪を丸めて大きくしていく。二つの雪の玉を重ね、ポケットから砂利を取り出し(キレイだったから拾い集めてたのだ)目にはめ込んだ。

「完成…」

 かじかむ指の感覚も忘れ、満足気に呟く。
 白堊も嬉しそうに笑った。

「うさぎの家族の守護神だね」

 いつもとなんら変わらぬ調子の言葉なのに、何故か慧羽はぞくりとした。足元から冷気が伝わってきたのとは全く異なる感覚が全身を這い回る。少女はそれが悪寒なのだと漠然と理解した。

 ――雪兎は四匹。

 …ああこれはわたしたちだ。
 白堊ちゃんとわたしと、わたしが顔を覚えてないおとうさんとおかあさんだ。
 わたしがすごく小さかった時に死んじゃったおとうさんとおかあさんだ。


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