小説 | ナノ

F 


 キャラバンとは、主として荷物運びに使われる大型の幌馬車を指す。造りは乗用馬車よりも簡素であり、雨風を凌ぐための幌があるだけである。その用途は街から街へ荷物を運ぶことだが、人も乗車することがあり、その際の乗客の扱いは貨物と同じである。乗車前に体重を測られ、体重ごとに料金が加算される。料金は前払いであり、御者に言えば好きな街で下してもらえる。また、こういった大型の幌馬車は隊商にも利用され、「キャラバン」は隊商を指す別称ともなっている。
 今、レファルはその車内にて、ラツィと名乗る青年と向き合う形で座っていた。人間を乗せることを想定していない馬車には座席などなく、レファルは不規則な振動に耐えながら積荷の隙間に腰を下ろしている。

「所で坊や。人が名乗ったのですから今度は自分が名乗る番ですよ? 御存知無いのでしたら教えて差し上げますが、此れは何処の民族でも通用する慣習です。覚えて置いて損は無いと思いますよ?」

 人差し指を立てて青年は言う。

「……オレは、レファル。坊やじゃなくて、レファル・クレーヴェ。あの……さっきは、乗車賃を、ありがとう」

「嗚呼、構いませんよ。先程も言った様に、本の御詫びですから」

 何でもないことのように青年は微笑んだ。きれいな笑い方だとレファルは思った。

「あんたのことはラツィってよんでいい?」

「ええ、お好きにどうぞ」

 青年は小さく「此れも何かの御縁ですしね」と呟いた。

「所で、レファルさん。貴方はどちら迄行くのですか?」

 青年が当然とも言える疑問を口にする。レファルが沈黙すると、青年は何かを察したのか軽く頷いた。

「ふむ……家出だとは思いましたが、矢張ですか。行き先も決めずに飛び乗りましたか? 若しも然うなら、随分と体調も悪い様ですし、見た所手荷物は至って簡素な物しか所持して居無い様ですし、此れは此れは……無謀と言う他無いですねぇ」

「うるせえ、しみじみ言うな……! あと、行き先は決めてある……。交易都市だ。あそこなら大きな病院もあるってきいたんだ。大陸の西の国たちが安定してなくてにげだした人たちが大量に流れてきてるって話だから、それにまざればオレみたいな子供だって……もぐりこめる……」

「くす。家出は否定しないんですね」

「……事実だから」

 レファルはばつが悪くなり、目線を逸らした。青年はその頬を両手で包み、強引にレファルと目線を合わせた。

「なにっ……すんだよ!?」

「嗚呼、凄い熱……。貴方、病院と言いましたね。確かに交易都市ユリウスは大都市です。設備の充実した病院も有ります。併し、治療費は如何為るのです? 働きますか? 体調は誤魔化しますか? 貴方の様な病人を雇う場所が在ると本気で御思いで?」

 くすくす。紅い眼が可笑しそうに笑っている。

「御存知無い様ですから教えて差し上げます。
大陸西方の国々は戦争が起こり然うな位、緊張感が漂って居ます。此れは正解。
其れで西方諸国から移民が流入して居ます。此れも正解。
ですが、流入した移民で交易都市の人口が跳ね上がり、職に就けない人も増加して居るのですよ。大の大人でも、です。都市のスラムは拡大、公共事業も間に合っていないのが現状です。其れに伴い治安も悪化の一途を辿って居ます。
そんな街に貴方がたった一人で出向いて、一人で生きて行けるとでも? 貴方に必要なのは親乃至(ないし)身元を保護して呉れる相手では無いのですか?」

「だったら……だったらどうすりゃいいんだよ!!」

 レファルは拳を震わせ、青年の手を払いのけた。


[戻る]
×