※21世紀パロ
※いろいろ捏造
※「」無し
初恋のひとが居たのよ、と小町が呟いた。
業平と小町が悪酔いして俺が被害者、というのがお決まりのパターンだったが、今日は何故か二人共静かに飲んでいた。
貴男みたいなプレイボーイ君には解らないでしょうけど、と業平を一瞥し、ビールの注がれたコップを傾ける小町。
それを聞いて、業平は苦笑しながら、からかうように言う。過去形ということはその人はもしや、逝ってしまったのですか。
やあね、と小町は明るく笑った。まだ居るわ、この世には。
どんな方だったのですか。聴きたくも無いのに、場繋ぎに問う。
そうね、と小町は遠い眼をして、またコップを唇へ運んだ。
近所の優しいお兄様だったの、端的に言えば幼なじみね。にこにこと小町は、その『初恋のひと』とやらを語る。
幸せそうに、歌うように話すので、俺も業平も口出しせず、聴いていた。
小町が大学生になって数年経った頃、その人の恩師が亡くなった。恩師の志を継ぐのだと言って、その人は遠くへ行ってしまったそうだ。
馬鹿よね、と笑い、でも格好良かったのよ、と笑う。酒も手伝って、随分と饒舌だった。表情もまた、ころころ変わった。
でもね、結局のところ、と突然、小町の声が重くなった。
それからコップに僅か残っていたビールを飲み干し、自嘲気味に言った。
酔って居たのよね、兄妹ごっこと云うやつに。
その顔はどこか哀しげで、また少し妖艶だった。
小町の話が一段落すると、今度は、彼女をじっと見つめていた業平が、コップを空けて笑った。
私にも居ますよ、忘れられないひと。
あら、そう、是非聴きたいわ、と挑発的な小町。興味は無いけれど、と皮肉を付け足すのは忘れない。
苦笑して、業平はビールを新たに注いだ。小町もコップを差し出した。透明な硝子が、琥珀色の液体で満ちていく。
今風に言うと、ツンデレと云うやつでね。眼を細める業平。まるで、その『忘れられないひと』を見ているかのように。
ああでも小町、貴女よりは可愛げが有った。笑う業平を、小町は思い切りばしっと叩く。
相当良い身分の、お姫様と言っても差し支え無いくらいの女性だったそうだ。業平も良い家庭に育っては居たが、決して許された恋では無かった。何故なら彼女に、許婚が居たからだ。
今時そんな家が有るのね。小町がまた、コップを空けた。
だからね、どうしたと思いますか。悪戯っぽく尋ねる業平。俺たちが何も言わないうちに、少しだけ得意気な表情で、色男は答えを言った。
駆け落ちしたのです。
思いがけない答えに俺は、え、と驚きを込めて一言。眼を丸くした小町も、少なからず驚いているようだった。
未遂に終わりましたが、とおどける業平だったが、コップを傾けるその横顔は、やはり哀しげだった。
紅の似合う、素敵な女性でした。
その言葉を最後に、業平は口を閉じた。
沈黙が訪れた。三人で飲んでいて、こんな雰囲気になるのは初めてだ。
ことり、小町が持っていた硝子をテーブルに置く。それが纏う水滴を指で掬いながら、口を開いた。
でもね、今は私、貴男たちとこうして居るときが一番楽しいわ。
ほんのり頬を染めて、小町が可憐に笑った。幸せそうに見えた。
ねえ、ヤっくんは、そういう忘れられない恋の相手は居ないの。
無邪気に尋ねる小町に、まさか、貴女ですよ、とも言えないので、曖昧に笑って酒を飲み、誤魔化した。
それでもまだ冗談半分に、教えてと言う小町の笑顔に頭がくらりとした。
飲み過ぎたようだ。
酔う
(酒に、想い出に、)
(恋に、貴女に)