「ことはちゃんって、お兄ちゃんのこと好きなの?」
「……はあ?」
私の問いかけに、ことはちゃんは伊達眼鏡の奥の目をまん丸くした。
「何、言ってんの?」
呆れと驚き混じりに、私をまじまじと見つめる。
「熱でも有るんじゃない?桃華」
「失礼な。あたしは通常運転だよー」
怪訝そうな顔を崩さず、ことはちゃんは手元の本に視線を落とした。ことはちゃんの休憩中に、私が押しかけたのである。
「じゃあさ、お兄ちゃんのこと、どう思ってる?」
「どう?うーん……」
唸ったことはちゃんは、机に置いていたらしい栞を指に挟んだ。名前は分からないけど、青紫の花で作られた押し花が貼り付けられた栞。
「それ、可愛いね」
「ん?ああ、いいでしょ、これ」
ことはちゃんは得意気に笑い、栞をひらひら振った。
「でもなんか、青って、ことはちゃんって感じしないね」
「そう?似合うって言ってくれたんだけど」
小首を傾げたことはちゃんは、心なしか嬉しそうに花を見つめてから、やっと本に栞を挟み、ぱたんと閉じた。
「誰に言われたの?」
「これをくれた人」
悪戯っぽいウィンクを一つ残して、お茶淹れるね、とことはちゃんは立ち上がった。
「お兄ちゃんって、ことはちゃんのこと好きなの?」
「……は?」
私の問いかけに、お兄ちゃんは眼鏡の奥の目を大きく見開いた。
「ね、熱でも有るのか?」
「それ、ことはちゃんにも言われたんだけど」
すまない、と一言謝って、お兄ちゃんは読んでいた本を机に置いた。あれ、さっきから、デジャビュ。
「どうしたんだ、突然」
「ふと疑問に思って。仲良いじゃん、お兄ちゃんとことはちゃん」
お兄ちゃんは、大きな溜め息を吐いた。
「仲が良い、というか……共通の話題が多いだけだろう。本のこととか、事務所のこととか」
「そうかなあ……」
「そうだ」
断言するのが、また怪しいのだけど。
というわけで、鎌をかけてみよう。ふふん、私だって馬鹿じゃ無いのだ。
「ことはちゃんがさ、可愛い栞使ってたんだ」
「ほう」
「青紫色の花のね、押し花の付いたやつ」
「ああ、それは」
私が持ってきたお茶を一口飲んで、お兄ちゃんはけろりと言い放った。
「俺があげたものだ」
やっぱり。あまりにもあっさり言うものだから、少しびっくりした。
しかしまさに計画通り。もう少し訊いてみよう。
「でも、あの色ってあんまり、ことはちゃんっぽくないと思うんだけど」
「そうか?」
お兄ちゃんは湯飲みを机に置いて、思案顔をした。
「似合うと思ったんだが」
「ことはちゃんって、元気なイメージが有るでしょ?だからあたしは、オレンジとかが似合うかなって」
「うむ……」
よし、もう一押しでちょうどいい頃合いだろう。
「じゃあ、お兄ちゃんは、ことはちゃんにどんなイメージを持ってるの?」
「俺は……確かにあいつは明るく元気だが、どこか大人びていて冷静で、奥底には暗く重いものが有り……といったイメージを、」
すぱーん。
襖が勢いよく開かれて、私とお兄ちゃんは素早くそちらを向いた。
そこに立っていたのは。
「……こ、とは?」
「ま、毎度ー……」
唖然とするお兄ちゃん、気まずそうなことはちゃん。
「いや、あの、盗み聞きするつもりは無かったんだけど……入りづらくて」
「……いつから?」
「……わりと初期」
勿論、私が呼んだのだ。
まさか、ここまで上手く運ぶとは思っていなかったけれど。
甘酸っぱい(?)雰囲気の二人を尻目に、私はこっそりほくそ笑んだ。
桃色の天使が仕掛けた罠
(私ってば)
(恋のキューピッド!?)