部室に入ってきたリコを見て、木吉は目を丸くした。
「リコ、前髪……」
「え?」
自らの明るい色の前髪に手を遣り、リコは少々照れくさそうに笑った。
「ピンが壊れちゃったの。ついさっき」
耳に掛けるには短いその前髪が、リコをまた違う印象にしている。
これはこれで可愛いものだと、木吉は独り、こっそり思った。
「邪魔そうだな」
「そうね、少し」
日向の言葉に頷き、リコは前髪を指で押さえた。当然留まるはずは無く、髪がはらりと額に落ちる。
「だからって、切るのもちょっとなー」
「なんで?」
「んー、女の子には色々有るのよ」
小金井とやり取りをするリコをぼーっと見つめ、動かない木吉。
相変わらず何を考えているのか判らない男だと、日向は小さく息を吐いた。
「ま、家に帰れば、他のピンが有るはずだから、気にしないで。さ、練習始めるわよ!」
邪魔そうに髪を掻き上げながら、リコは部員たちを引き連れて出て行った。
残ったのは、キャプテンとその親友。
「なあ」
「ん?」
「お前、なんでさっき、カントクのことじっと見てたんだ?」
「いやー、明日にはいつものリコに戻っちゃうなら、今のうちに焼き付けておこうと思ってな」
木吉の返答に、日向の顔が引きつったのは言うまでも無く。
可愛いなあ、という呟きは勿論、聞こえなかったことにして、日向は逃げるように広い体育館へのドアを開いた。
しかし翌日も、リコは前髪を留めずに来た。
買い置きが無かったのだと困った様子のリコを、木吉がまた見つめている。
それに気づいた日向は、呆れと少しの恐怖を感じたものの、知らないふり。
……をすることは出来なかった。
「日向、帰り、暇?」
「ああ。普通にマジバ寄って帰るつもりだ」
「じゃ、ちょっと付き合ってくれないか」
着替え中に、にっこり笑った木吉。
嫌な予感しかしなかったものの、その有無を言わせぬ迫力に、日向は頷くしか無かったのだった。
そして連れて行かれたのは近くの小さなデパート。その中の、女性向けの雑貨屋だった。
他の客はほとんど居ないものの、居心地が悪く、きょろきょろと周りを見回す日向。
「挙動不審だぞ、日向。痴漢に間違われたらどうするんだ」
「うるっせえなあ!痴漢の友人になりたくないなら、早く決めろ!買え!」
朗らかに笑いながら木吉が手にするのは、何本かセットになった、シンプルな細身のヘアピン。
大体の事情を察していた日向は、気づかれないように溜め息を吐き出した。
またその翌日。
練習終了後、日向は、たいそうご機嫌なカントクに捕まった。
「見て見て日向君!」
と、リコがこちらに差し出してきたのは、四本セットのヘアピン。そのうちの一本にだけ、花の飾りが付いていた。
これを買ったのか、なかなかセンスの良い……と感心する日向にかけられた、とんでもない言葉。
「これ、貰ったの!誰からだと思う?」
そう来るか。
解りきった質問だ。しかしどう答えるべきか。
ちらりと視線を動かすと、全てを知っている伊月が哀れみの目を向けていた。
自棄になって、日向はとびきりの笑顔を浮かべた。
「誰だろうな!随分とセンスの良い奴なんだな!カントクに似合いそうだし!」
「でしょう!?」
リコの瞳が、更に輝きを増した。反対に、日向は悲しい気分になった。
「前髪下ろしてても可愛いけど、私が邪魔そうにしてたからって!私のことを考えてくれたの!」
はしゃぐリコ。空返事をする日向を気にも留めず、自分の世界に居るようだ。
「おーい、リコー」
「あっ、ごめーん!今行くわ!」
先の質問の答えとなる人物に呼ばれ、リコは部室を出て行った。
独り残された日向の肩にそっと手を置き、伊月は優しく言う。
「帰ろう、日向」
「……なんであの人たち、俺を巻き込むんだろう」
「奢るよ。帰ろう」
「……ありがとう」
結局、
(どんな君でも可愛いんだ)
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清水紅葉様へ相互記念ですが……遅くなってしまい、本当にすみません!
バカップルな木リコになる予定だったのですが、蓋を開けてみたら、哀れな男・日向の物語になっていました……おかしいな。
何はともあれ……これからも、どうぞよろしくお願いします!