馬鹿なんだ


名前変換
――――――――――

「ほら、名前。こっち、こっちー」

 明るく呼ぶ声。呼んでいるのは同じクラスの慶次君。放課後に誘われてというより、少々強引に腕を引かれ、私は周囲を気にして、あわわわわと足を動かす。

 190cmはあろうかという長身に、整った顔立ち。長い髪をポニーテールにした慶次君は、よくも悪くも目を惹く人だ。
 反して私は、容姿も頭もごくごく平凡。自慢は、一度も職員室に呼び出されたことがないということぐらい。でもそれだって、大抵の生徒は先生に呼び出されるようなことって、ナカナカしないよね?
 じゃあ、ごくごく普通の、婆沙羅学園三年生の、ワタクシ名前が、どうして、学園一、二を争うような派手な人になれなれしく名を呼ばれているかというと。
 同じ委員だったから。
 私は今年の選挙管理委員だった。クラスで二名必要とされるこの委員に慶次くんもなっていたのだけれど、一番忙しい時期に、いつものごとく慶次君は、放浪の旅へ。この人は時々、学校をエスケープどころか、家も出てしまい、あちこち放浪しちゃうという、トンデモ高校生なのだ。
 それで選挙管理委員の仕事が落ち着いた頃にひょっこり帰ってきたわけ。

『うわぁー 忘れていたよ、ごめん〜』

 慶次君の申し訳なさそうな顔と、大仰な身振りを見ていると、ホントこの人悪気ないから許せてしまう。まあ、お互いくじ引きでなっちゃった係だし。私はイヤって言って、周囲に波風たてるより、黙々と仕事こなす方が楽だったから『別に、いいよ』って言った。 
 ついでに言えば、学校には時々しか顔を出さないくせに、出れば、周囲を笑顔にしてしまい、いつも何事かしでかす、いいなぁって思ってる人が、私と話してくれるだけで嬉しかったのだ。

『そうはいかないよ。今度、名前が困った時は、俺を頼ってね。俺、何でもするからさ!』

 調子がいいといえば、いい。でも、慶次君は結構本気顔で言ってくれて。もうそれだけで、私はよくて。周りの女子生徒の嫉妬視線を気にしつつも頷いた。
 それ以来、何の接点もないのに関わらず慶次君は私に話しかけてくれるのだ。
 ありがたい。ありがたかったんだけど……。

「さあ、入って入って」

 慶次君の行きつけ(この人、行きつけのCAFEがあるんですよ ファーストフード店じゃなくって。大人って感心してる場合じゃないんだけど)の店のドアが、カランと鳴る。

「いらっしゃ…… おう。前田の風来坊か」

 カウンターから、頬に傷があって苦みばしったお兄さんがこちらを見た。

「へへっ。片倉さん、お久しぶり」
「ったく、てめぇは、あいも変わらずってところみたいだな。今年こそ卒業できんだろうな?」
「うーん、どうかな?」

 へらへらっと笑いながらも、慶次君は私を引いたイスに座らせる。さりげなくエスコートできちゃうんだなあ。

 慶次君は、本当はこの『Cafe Blue Dragon』で雇われマスターをしている片倉さんと同級生だったらしい。でも留年しているうちに、慶次君は万年高校生。片倉さんは社会人となっていた。でも、二人の付き合いは続いていて、時々慶次君は一人や友達連れで、有機野菜を使った美味しい料理が自慢のCafeに顔を出すのだ。私も、一、二回連れてきてもらったことがある。

(そういえば、慶次君は何年留年してるんだろう……?)

 私が卒業しても、慶次君はやっぱりニコニコと高校生しているような気がした。

「お嬢ちゃん、何にする?」

 片倉さんが水をトンと置いて、メニューを聞く。私は慌ててメニューを見て、ホットコーヒーとカボチャプリンをお願いした。

「俺は片倉さんのお任せで」
「今日はキャロットケーキだ」
「じゃ、それね」

 うわ、それも美味しそうだな〜と思ったら、顔に出たらしい。

「一口あげるよ」
 と、慶次君がウィンクした。

 わわっ 恥ずかしい。
 赤面して俯く。

「ねえ、名前」

 顔をあげると、いつになく真顔の慶次君。

「ねえ、困ってるんだったら、俺に相談してくれって言っただろ? 学校じゃ言いにくいのかと思って、こっちに連れてきたんだけどさ」

 慶次君は、カウンター向こうの片倉さんを見る。

「あの人は、口が固いから大丈夫。さあ、話して……」
「いや、あのっ 本当に大したことなくって……」

 そもそも、学校で言っても良かったのだけれど、慶次君が重大事と勘違いして、こっちまで引っ張ってきたのだ。
 話そうとしたら、ドアがカランと鳴った。

「Hey.小十郎。Lunch食い損ねちまった。何か作ってくれよ」

 低いがよく通る声。真っ黒なストレートヘアーに眼帯。細身の身体にぴったりした皮ジャンを纏っているのは……

(婆沙羅大学三年生の伊達さんだー!)

 メンズモデルのバイトをしているというのも頷けるご近所筆頭イケメンの登場に、私の口は緊張して動かなくなる。

「有機トマトと茄子のパスタはいかがでしょう。ポロネギのスープもあります」

 この店は、伊達先輩のお父さんが経営する会社系列のお店らしく、縁戚の片倉さんが任されているって、前に聞いた。それで伊達さんがよく通ってくる。

「よし、それ頼む。Oh,前田の風来坊、How Are You?」
「よう、政宗! うん、元気だよ。そういえば、こないだ雑誌に載っていたね!」
「ああ、あれか……。俺は余り乗り気じゃなかったんだけどよ。coolじゃねえ感じで」

 いーえ、いえいえ、いつものモードやクールとは違う爽やか王子スタイルも格好よかったですぅー!と、私は心の中で絶叫していた。面と向かって言うのは恐れ多い……。
と、伊達先輩が私を見てニヤリとする。

「前田のHoneyか?」

 きゃーっ 話しかけてもらったぁ!

「ふふっ。大事なクラスメイトなんだよ。って、話があったんだった」

 慶次君が私に向き直る。

「邪魔したな」
と、伊達先輩がカウンターに座った。

「それで、名前。何を鶴に相談してたんだい。俺で良かったら……」

 私はハッとする。実は困りごとがあって、教育実習生の鶴センセイに相談しているのを、職員室に呼ばれて説教を受けていた慶次君に見られたのだ。で、帰り道に拉致されたってわけ。

「いや、あのっ。そのっ……」

 言わなくちゃいけないかなぁ。こんなに心配されてるんだもん。何でもないって言っても、慶次君は信じてくれず、こうしてここまできちゃったのだ。
 うー うー 恥ずかしいけど、小さい声で言っちゃおう。さて、告白タイム……

「たのもーうっ!」

 カランとドアベルの音と共に、風のように入ってくる茶髪の青年。

「よう、真田幸村じゃねーかっ!」
「これは、政宗どのぉぉっ!」

 赤いバンダナを揺らしながら颯爽と現れたのは……

(真田先輩だーっ!)

 婆沙羅学園では伝説の生徒となっている伊達、真田先輩が並んでいる姿に、私はすっごぉぉい!と心の中で叫んでいた。

 真田先輩は、伊達先輩とはまたちょっと違った感じのイケメンさんで、熱血スポーツ青年でありながら、大きな目の可愛らしい顔立ちをしている。サッカー選手として、地元SENGOKUチームにスカウトされ、今はJ2で頑張っている。地元ではファンクラブもある方だ。
 その優しい顔立ちと果敢なプレイに男女問わず人気があった。

「佐助と待ち合わせしておりましてな、片倉殿! お久しぶりでございます」
「そういえば、遠征に出ていたんだよな。いつものココアとプリンアラモードでいいか?」
「はいっ!」

 にこやかに言うと、今度は慶次君に向き直る。

「おおっ、慶次殿。お元気でござるか?」
「うん、元気、元気! 活躍聞いてるよー?!」
「いえいえ、まだ修行不足でござりまするっ!」

 などと語り合っていたら、またドアベルが
 カラン
と鳴った。

「旦那ー、ごめんね。遅くなっちゃった」
「おお、佐助」

 オレンジ頭で細身のにこやかな人は、確か婆沙羅大学の放送部の人だ。大学祭でステージイベントを盛り上げていたから、見覚えがある。

「あれー、前田の旦那。彼女ー?」

 そう言って、佐助と呼ばれた人が私に微笑みかけた。
 うわー、この店、イケメンばっかりー。
 どーしよ…… ますます、話しづらくなってきた……。
 私はモジモジして俯いた。

「今、大事な話をしようとしてることろ」

 だから、どいた、どいたー!
 と、慶次君がテーブル周りのイケメン’sを追い払う。

「えーと、じゃあ、続きを……」
「いや、もう、あの、何でもないんで……」

 幾ら小声でも、店内には丸聞こえになっちゃう。というか、私が小声でも慶次君の声は大きいのだ。
 どうにかごまかせないものか……。
 と、目の前には湯気の立つコーヒーが。そして黄金色のプリンが置かれる。
 片倉さんが持ってきてくれたのだ。カラメルソースのピッチャーを置きながら、片倉さんが渋い声で言う。

「前田はな、こう見えても頼れる男だぜ。まあ、思い切って話してみなよ」

 うひゃぁぁぁー

「は、はい……」

 顔を上げれば、カウンターの男たちはパッと背中を向けた。ということは、さっきまでこっちを見てた?

「慶次殿に相談とは何でござろう?」
「恋愛事じゃないね、絶対」

 アレに相談したらまとまる物も壊れるよと、気になることを言う佐助さん。壊されたことあるのかしらん。

「高校生で悩むって言ったら、進路じゃねえか?」
 とは、伊達先輩。ああ、そうだね。それでいこう……。

「名前はねー、俺と違って真面目な頑張りやさんなの。推薦だってバッチリなんだから。ねえ?」

 慶次君、ナイスフォローどころか、余計なことをっ! 私は思わず睨んでしまった。

「じゃあ…… 何でござろう」
「勉強とか進路の相談だったら、俺たち大学生が相談のってやろーぜ」
「そうだねー。俺様理数系ならお任せ。カテキョーのバイトもたまにしてるし」
「じゃ、俺は文系担当ってことで」
「でも、前田の旦那がさっき否定していたからなぁー」
「もっと難しい、繊細な悩みでござろうか……」
「ふむ。うちの学校じゃねえとは思うが、イジメ……とか。だとしたら、全然COOLじゃねえぜ。それこそ、学園の恥だ。愛する母校がヒドクなってるんなら、それを正すのも卒業生の仕事だろうっ?」
「激しく同感でござるっ! 某も助太刀いたす!」

 イジメは撲滅ぅぅ!と、熱い真田先輩。……いやいや、あなた達はナイショ話をしているつもりなんでしょうか。全部丸聞こえなんですけど。

 困ったな……。私は冷や汗をかいていた。
 私が鶴実習生に相談した内容は、急に生理が始まっちゃって、ナプキンを借りる……ってことだったんだけど。
 放課後だったので、クラスメイトは殆ど帰っていたし、友達も持ち合わせがなかったし、保健室の明智センセイに貰いにいくのが恥ずかしいやら怖いやらで、思いあまって相談したのだ。

 で、鶴センセイは自分の手持ちを融通してくれて、おまけに保健室に置いてある予備のマタニティショーツも、明智センセイの目をかすめて持ってきてくれたのだ。(何せ私は、帰宅に一時間かかるので、そのまんまなんて無理)
 だから、私は今は事なきを得ているのだけど……。というか、帰ってバ○ァリン飲んで寝ときたいんだけど。

 困った。問題が大きくなって、今更何と言ったらいいのやら。しかも、こんなイケメン達に囲まれて。大きな声で生理の話をしたくないっ。分かってちょうだい、この乙女心。
 人も羨むこの状況が、幸せどころか不幸せで。私は、さてどうしよう……と思いながら、笑顔の慶次君を見つめて、コーヒーカップに手を伸ばした。




――――――――――
後書き
慶次くんが何年留年したことになっているのだろうと、冷や汗が……。慶次ファンの方、ごめんなさい。

主催者様へ
今回は夢小説企画、参加させてくださりありがとうございます。
当方「緑風紫雨」(http://m-pe.tv/u/?moonindodo)という瀬戸内小説サイト運営してますが、夢小説は初めてで、楽しい体験させていただきました。

prev −

- 2 -

back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -