テルマエ・グラエカ


姉の機嫌の良さそうな鼻歌が浴室から聞こえて来る。
アパートにはない、大理石の広い浴室を姉はいたく気に入って、のぼせないか心配になるほど長く風呂に入っている。
その後、胸元を寛げたバスローブでうろつくものだから、私は目のやり場にいつも困る。
姉なんだから気にしないで、なんて言われても、幼い頃に離れ離れになっていたせいで、未だにどこか綺麗な大人の女性と同棲しているような気分にすらなる。

そろそろ風呂から上がる頃か。
あまり長湯をさせるのも身体に良くない。
私が浴室の外から声をかけようとすると、突然姉の悲鳴が聞こえて、私は慌てて浴室に飛び込んだ。
湯船の湯が波のように揺れているだけで、姉の姿はどこにもなくて、私は大いに焦り、姉の名を呼びながら、宝瓶宮の中を探しまくった。



私は宝瓶宮の広々とした湯船で足を滑らせ転んでしまった。
立ち上がろうとすると、何かに足が引っ張られるような感覚がして、私は吸い込まれるように頭まで湯船の中に浸かってしまい、そのまま奈落の底まで引きずりこまれてしまった。

カミュ!!と叫ぼうとしても、溺れそうになるだけで、私は死ぬのかも知れない、と恐怖した。
溺れて死ぬかも、と思った時に水面が見えて、私は空気を求めるようにざばっと立ち上がった。

あれ?ここ、宝瓶宮のお風呂じゃない…?

そこは、豪奢な装飾がなされた、宝瓶宮よりもずっと大きな風呂場だった。
と、湯けむりの向こうに背の高い人影が見えて、私はギョッとした。
どう見ても、男だ。

「誰だ。ここは、この教皇だけが許される、禊の場だ」

教皇…サガ!?
この朗々とした美声は、間違いなくサガだ!!

サガのシルエットは水音を立てながらあっという間に私の前に姿を現した。
驚き過ぎて、胸を隠す前にサガのその彫刻のような逞しい身体がよく見える距離までやって来た。
思わず抱きしめられたくなるような、逞しい腕と厚い胸板、そして眩しいほど綺麗に割れた腹筋。
私は太ももまで露わなサガの筋肉質な男らしい美しい身体を見て見惚れると同時に赤面し、胸を隠すのを忘れて口許を手で覆った。



私は、侵入者を手にかけようと近付いて心底驚いた。
カミュの姉の顔が目に入ると同時に、艶かしい曲線の美しい身体まで目に入ってしまったからだ。
慌てて目を逸らしたが、顔が赤くなっていくのが自分でも分かり、彼女と同じように口許を顔で覆った。
ドキドキと胸が高鳴る。

一瞬とは言え、黄金聖闘士にとってはそれは長い時間だ。
スローモーションのように脳内で彼女の姿が蘇る。
着痩せしていたなんて思いもしなかった。
完璧なほどに美しい曲線を描いた丸く豊満な乳房。
脇からヒップにかけての何とも言えないほど、艶かしい曲線。
腰のくびれも、ヒップの丸みも彫刻にはないほどの美しさだった。
これ以上こんな姿を見たら、欲情しそうで、私は慌てて肩まで湯船に浸かった。

「その…いい加減、湯に浸かったらどうだろうか…。男の前でそのような姿では…」
「え…?きゃああ!!」

彼女はすぐさま肩まで湯船に浸かって、私はようやくホッとして、カミュの姉の顔を見つめた。
先ほどの姿が目に焼き付いて、動揺が収まらない。
私は頬を染めたまま、彼女に尋ねた。

「どうしてここに?」
「分からない…。宝瓶宮にいたのにいつの間にか…」
「そうか…。次元でも超えたのだな。分かった、宝瓶宮に返してやろう。少し待て」

私は目を瞑り、カミュに呼びかけた。

(カミュ…アクエリアスのカミュよ…)
(サガか!大変だ!私の姉がっ!!)
(彼女ならここにいる。教皇の間の禊の湯にな)
(何だって!?)
(ここに着替えはない。手っ取り早く、今からアナザーディメンションで次元を超えさせる。お前は姉を捕まえろ)
(分かった)

私は瞑想状態から復帰すると、彼女を見つめて安心させるように笑った。

「次元を超えてここに来たならば、次元を超えて帰ればよい。私にはそのような技がある」
「次元を超える技…?」

彼女は首を傾げて不思議そうに私を見つめたが、一刻を争う事態だ。
神のような男だと言われても、このような姿の、しかも淡い恋心を抱いている女性のあられもない姿を見て、何も思わないはずがない。
私も男だ。
今でも抱きしめたいという気持ちで苛まれているというのに。
アテナのすぐそばでそのような狼藉、私自身、一番許せない。

私は湯船から立ち上がって構えを取った。
彼女は驚いた後にまた頬を染めたが、それに構わず私は叫んだ。

「アナザーディメンション!!!」

ぽっかり空いた、次元の穴の中に彼女が吸い込まれて行って、宝瓶宮に大きな小宇宙が燃えているのを感じて私はホッとした。
カミュはどうやら姉をきちんと宝瓶宮に引き寄せたらしい。

これで安心出来る…。
いや、煩悩を祓うまで、私はここから出られないが…。
いっそアテナ拝謁の前に、アイオリア相手にトレーニングでもした方が良いかも知れない。
私は深い溜息を吐いた。



私は、時空の中の姉を小宇宙で引き寄せて、この腕に抱いて、そして心底驚いた。

姉は全裸だった。
取り落としそうになって、でも落とす訳には行かなくて、慌てて抱き直した。

一体全体何で全裸なんだ!?

「あら、ここは宝瓶宮?」
「そ、そうだ」

姉の顔を見ると、否応なしに、その美しい裸体まで目に入って目のやり場に困る。
本当に困る。
成長した姉の全裸なんて見るのは初めてだ。

私は周囲を見回し何か着られるものはないかと探したが、殺風景なほど物の少ないこの部屋にそんな物があるはずがない。
私はとにかく急いで寝室へ向かい、姉をシーツでくるんだ。

「待っててくれ、脱衣所から着替えを持ってくるから」
「ありがとう」

私は浴室に急ごうとして、はたと気付いて振り返った。

「まさかとは思うが、その姿でサガと?」
「え、ええ。あ!でも、何もなかったわよ!本当に!!サガの裸を見たけど…」

姉は真っ赤になってそう言った。

サガに見られたな!!
私でも見た事がなかったのに!!

いや、さっき見たが…。
素晴らしい身体をしていたが…。
いかん、そんな事が今問題ではない!!
まさかサガに先を越されるとは…!!

「カミュ?」

姉の不思議そうな問いで私は我に返って、すぐさま脱衣所に行き、また姉の下着を見てギョッとして、すぐにかき集めるように着替えを持って、寝室へ急いだ。

姉とは言え、姉は女だ。
意識してしまうだろう!!
あんな身体にこんなセクシーな下着だなんて知らなかった!!

何で私をこんなに振り回すんだ…。


カミュの悩みは尽きる事がなかった…。



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