教会


サヤのアパートへ行くといつもと様子が変わっていた。
小さなクリスマスツリーに、可愛らしくミニ林檎と電飾が飾られていて、部屋の隅に鎮座している。
ああ、そうか。世間はクリスマスだな。
じっと眺めているカミュを見てサヤは嬉しそうに微笑んだ。
笑顔の形に長い睫毛が伏せられ、その美しさにカミュも嬉しくなる。

「ねえ、カミュ。クリスマスって何か予定ある?」
「いや、別に・・・」
「あのね・・・・・・一緒に教会に行かない?」
躊躇うようにサヤはちらっとカミュを上目遣いに見上げた。
カミュは戸惑い口を噤んだ。
聖闘士最高位、水瓶座の黄金聖闘士である自分。
女神アテナの信奉者の鏡たる者。

「ダメ・・・?」
「 サヤ・・・。私はアテナの聖闘士だから、他の神を崇拝することは出来ない」
「そう・・・」
サヤは寂しそうに俯いた。

サヤが生まれ育った家庭はカトリックを信仰していた。クリスマスは一大イベントだ。
その日は、家族と過ごし、教会で祈りを捧げる。
そして、家族の絆を確かめ合う日だ。
カミュと過ごしたクリスマスはほんの数回。
カミュと再会したら、また家族として一緒に過ごすようになったら、クリスマスは一緒に教会に行くと心に決めていた。
それが家族の証のようなものだから。

何でもサヤの望みを聞いてくれるカミュ。
しかし、教会に行って祈りを捧げることには首を縦に振ってくれない。
居心地悪そうに。
申し訳なさそうに。
しかし、確固とした信念の元に。
カミュは女神アテナのためにしか祈らない。
ああ、カミュはやはり自分の手の届かないところにいってしまったんだと、思い知らされる。
そして、それは家族であることを拒否されてしまったようにも思えるのだ。

今、こんなに近くにいるのに、カミュが遠い。
目の前にいるのに。
指を伸ばせばその頬に触れられるのに。

そう思うと哀しくて。
カミュの前では笑っていたいと思うのに、涙腺が刺激されて。
涙を零すまいと思う気持ちと裏腹に、涙はみるみる盛り上がる。
その涙を隠すように、カミュを抱き締め、肩に顔を埋めた。
涙を堪えようと、下唇を噛み締め、抱き締める腕に力が篭る。
ふわりとカミュの肌から温かい匂いが立ち上がり、切なくなる。
温もりが感じられるほど近くにいるのに、昔には戻れない。

カミュはそんな姉をただそっと抱き締めることしか出来なくて。
姉の細い肩が震えるのを感じながら、一番大切な人を悲しませることしか出来ない自分を呪う。
サヤの背中をそっとさすり落ち着かせようとする。
しかし、悲しませているのは他でもない自分自身。
サヤの涙がシャツを濡らし、それが肩口に感じられる。
自分が聖闘士であることが、こんなにも姉を哀しませている。
あの時もそうだった。
聖域から自分を迎えに使者がやって来たとき。
泣きじゃくり小さな身体を怒りに震わせていた幼いサヤ。
あの時、もう二度と姉を泣かせないと心に誓ったのに。

泣くなというのは白々しくて。
言葉が見つからないままサヤの頬にそっと触れて、身体を離す。
頬を伝う涙に唇を寄せて吸い取る。

「私はいつもサヤを泣かせてばかりだな。すまない」

サヤは小さくふるふると首を横に振った。
またじわりと涙が滲む。
カミュは親指でそれを拭い、また頬に口付ける。
自分と同じ紅い髪にすっと指を滑らせるサヤはされるがままにカミュに身を委ねている。
宥めるようにサヤの額に、こめかみに、頬に啄ばむように口付ける。
サヤはくすぐったそうに目を細め、しかし心地よいのか、強張った身体から少しずつ力が抜けていった。
カミュも、姉の滑らかな肌の感触に魅せられ、そのまま無心に口付けていく。
一際柔らかく湿った感触に我に返るとサヤの唇に口付けていることに気付き、カミュははっとして身体を離した。

今、私は何をした?
実の姉に対して・・・。

サヤはきょとんとして、小首を傾げてカミュを見つめ返した。
「カミュ・・・?」
「・・・すまない」
姉の目を見ることが出来ない。
姉の唇は心地よかった。
いつもおやすみのキスをしているが、今日のはそれとは少し違った。
視線を外して謝ると、視界の端で哀しそうに目を曇らせる姉の顔が捉えられた。

「謝らないで。私こそ・・・。もう、カミュの前で泣かないって決めたのに。カミュはアテナの聖闘士だって頭ではわかっているのに。何だかカミュがまた遠くに行ってしまったみたいに感じて。ごめんね、カミュ」
サヤは腕を伸ばし、細い指をカミュの耳の後ろに差し入れると、そっと抱き寄せた。
カミュは一瞬身を硬くしてまた身体を離そうとしたが、そのままギュッとサヤが抱き締めるので抵抗を止めた。
「カミュは優しい子ね。ごめんなさい。私が我侭だったわ。教会には行かなくていいから、私と一緒にいて。信じる神が違っても、カミュは私のたった一人の弟だから」

耳元で囁かれる姉の低い声は、相変わらず甘く優しくて。
少なからずトキメキを感じる。
自分はこんなにも姉のことが好きだから。
だからきっとこんなに胸が締め付けられ、愛しく思うのだろう。
サヤにはいつも笑っていて欲しい。
もう泣かせたりなどしない。

カミュはサヤを見上げて柔らかく微笑んだ。
「サヤ、愛している。私のたった一人の姉だから」

2004.12.13  haruka


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