その腕の中でシエスタを -その後-


ミロは、サガとカノンと共に双児宮のリビングのソファに座り、まだ信じられないというように激しく動揺していた。
その様子を見て、隣りに座ったカノンは苦笑いをしてミロの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

「いい加減落ち着け、ミロ。ただのキスだろう?」
「いや、しかし!!」
「お前だって、キスくらい経験あるだろう?」

その言葉にミロは固まり顔を真っ赤にした。
カノンは驚き目を瞠った。

「お前、未経験か!?」
「あああ、挨拶程度ならあるぞっ!馬鹿にするなっ!!」
「挨拶程度、な」
「挨拶だって、キスはキスだっ!!!」

それはキスにはカウントされない、とカノンは思う。
ミロがこんなにも動揺しているのは、要するに未経験だからか、とカノンは納得した。
あんなに情熱的なキスを姉弟が交わしていたら、それは衝撃だっただろう。
ましてや、それが自分の親友であれば。
あの時は流石に動揺したが、こうして寛いでいる今は、キス魔の女も見た事があるカノンにとっては酔った勢いだから仕方ない、程度の感想だが。

ふと、向かいに座るサガを見ると、何だかサガも急に落ち着かない様子になって、気になった。

「挨拶もキスならば、口移しもまさかキスなのか…?」

サガは頬を染めて、口許を手で覆っていた。

「サガ、お前…?」
「人工呼吸や口移しはキスではない、はず…だろう?」
「あ、ああ」

常々朴念仁だと思ってはいたが、まさか、いい年をした双子の兄なのに未経験なのか!?
たとえただの口移しでも、キス未経験とは思えないくらいあれは随分情熱的だったぞ、サガ!!!

カノンは心の中で叫んで、大きな溜息を吐いた。
ミロは今度はキッとサガを睨みつけた。

「しかし、サガ!!お前、サヤと抱き合ってたじゃないかっ!!すごく情熱的にキスしてたぞっ!!あれは口移しなんかじゃなかったぞっ!!まるで恋人同士だっ!!」
「何っ!?情熱的なキスっ!?恋人同士…だとっ!?」

ミロに言い募られて、サガはますます頬を染めて、耳まで赤くなっている。

まぁ、情熱的だったのは間違いない。
この俺にもそう見えたからな。

カノンはまたミロの頭をぽんぽんと撫でて宥めたが、ミロの動揺は収まる気配がない。

全く、どいつもこいつも…。
デスマスクは置いておくとして、俺やアフロディーテくらいの余裕はないのか!?
溜息をまた吐きたくなって、カノンはタバコに火を点けて、ゆっくりとふかし始めた。
サガが咎めるようにカノンを睨んだが、カノンは無視をした。

「な、なあ、カノン」
「何だ、ミロ」

ミロはまだ落ち着かない様子で、顔を真っ赤にして視線を泳がせながらカノンに尋ねた。

「もしかして、あれって…カミュのファーストキスだったのか…?」

ミロの問いに、丁度煙を吸いかけていたカノンは思わず煙にむせた。

「ゴホッ、ゴホッ」

何でそんな結論になるんだ!?
お前はまだ思春期真っ盛りか!?

「カノン、水だ」
「悪い」

サガに差し出された水を、カノンは一気に飲み干して、また溜息を吐いた。

「家族はノーカウントだろう…」
「いや、母親からのキスはノーカウントでも、姉弟はキスだろっ!?」
「姉弟でも小さい頃はする事もあるだろうが」
「でも、カミュもサヤも成人してるじゃないかっ!じゃあ聞くが、サガとカノン、お前達は成人してからキスした事があるのか!?」

サガとカノンは驚愕に目を見開き、同時に同じ声で叫んだ。

「「そんな事する訳ないだろうがっ!!!」」

ミロはふふんと笑った。

「そら見ろ。じゃあ、あれはキスだな。ファーストキスかぁ…。俺もサヤみたいな綺麗なお姉さんにあんなキスされたいなぁ…。…それにしても、危ない姉弟愛か…」

危ない姉弟愛、と聞いて、サガは顔を強張らせた。

「危ない…だと…?では、あの2人を2人きりにしたのはまずかったか…?」

今度は青褪めてサガは動揺した。

「落ち着け、サガ。ただの酔った勢いだ」
「酔った勢いなら、本性が出るって言うじゃないか、カノン!」
「ミロ、いい加減、姉弟愛から頭を切り替えろ」
「本性…だと…?それなら、確かに聞いた事がある。もし、あれがサヤの願望だとしたら…」
「早まるな、サガ。おそらくただのキス魔だ。そういう酔っ払いもいる」
「そ、そうなのか?」
「そうだ」

キス魔…と真剣な顔でぶつぶつと呟いているサガを見て、カノンは頭を抱えたくなった。

ここは、中高一貫の男子校か!?
…まあ、似たような所だが。
それにしても、この2人をどう収拾をつければ良いと言うんだ!?
ああ、アフロディーテでもいれば!!

「カノン、俺は心配だ。カミュとサヤの様子を見て来るっ!!」
「待て、ミロっ!!」

カノンの制止を聞かずに、ミロは部屋を飛び出て行った。
カノンは大きな溜息を吐いた。
サガはようやく落ち着き、水を飲んで溜息を吐いた。

「まだミロを口止めしていなかったな。カミュとの約束だ。私も様子を見に行くか。何もないと良いのだが…」
「何もあるわけないだろう。姉弟だ」
「そうだな」

立ち上がったサガを見て、カノンは何だか嫌な予感がした。
まだサヤの酔いは醒めていないはずだ。
またカミュにキスでもしていたら厄介だ。
ミロとサガがまた激しく取り乱すのは目に見えている。
それこそ聖域中にカミュの噂が広まってしまう。

「待て、サガ。俺も行く」

サガは頷き、カノンを伴ってサガの部屋へと向かった。



時は遡って、ミロがカノンに言い募っていた頃、カミュは何も知らずに、穏やかな気持ちで姉の綺麗な寝顔を見つめながら、解いた髪を飽きる事なくゆっくりと梳いていた。
とても幸せなシエスタだった。
聖域の十二宮なら安全で、サガとカノンも守護している。
ここなら心ゆくまでのんびりとしていられる。

サヤは酔っても綺麗なものだ…。
…吐息はまだ完全にアルコールの香りがするが…。
とにかく落ち着いてくれて良かった…。

サガが処置をしなかったら、サヤは急性アルコール中毒で、最悪の事態では命を落としていたかも知れない。
その考えに至ってカミュはぞっとし、サヤを引き寄せてギュッと抱きしめた。

「サヤ、本当に無事で良かった…」

耳元で低くそう言って、家族にするような触れるだけのキスをすると、サヤは唸って身じろぎをした。

「ん…カノン、ダメ…」

カミュは我が耳を疑った。

カノン…だと…!?

「サヤ?」

サヤを軽く揺すってみても、サヤは起きない。

「サヤ、カノンがどうした?」
「ん…カノン、もう無理…」
「サヤっ!!」

何が一体ダメで無理なんだっ!?
まさか…!!?
サヤはカノンに奪われた…?
いや、しかし、サガも共にいたではないか。
サガがいたならば何も起こらなかったはずだ。
それでは、何故サヤは二度もカノンの名を口走るんだ!?

カミュは苛立ち、サヤの顔の横に両腕をつき、至近距離でじっとサヤを見つめた。
凍気の小宇宙が漏れ出し、絶対零度の冷たい声が出る。

「サヤ、何があった、聞かせろ」
「ん…」
「サヤ、いいから全て話せ、全部だっ!」

唇が触れそうな距離でサヤに詰め寄っていた時の事だった。
急にバタンと扉が開くと同時に「かかかカミュ!?」と素っ頓狂なミロの声が聞こえて、続いて「何っ!?」というサガの驚いたような声が聞こえてカミュはそちらを見やった。
ミロの後ろに立っているカノンも驚いたような表情で自分達を見ていた。
カノンの姿を見て、苛立ちと怒りが急激に膨らみ、カミュは激昂した。

「カノン、貴様、サヤに何をしたっ!?サヤは私のものだっ!貴様には渡さん!!」

その言葉を聞いてミロはパクパクと口を何度か開きかけてようやく叫んだ。

「や、やっぱり禁断の姉弟愛だーーー!!!」
「まさかとは思ったが、カミュ、これはどういう事だ!」

禁断の姉弟愛?
何の事だ?

ミロの言葉に疑問符を浮かべていると、サガが厳しい顔付きでもう一度尋ねた。

「カミュ、もう一度聞く。これはどういう事だ。サヤに何をしている!」

自分は何もしていないが?

「サガ、何の事だ。私は何も…」
「カミュ、お前、自分の体勢を良く考えろ」

カノンに呆れたように言われてカミュはようやく気付いた。
どう見ても、はたから見たら、カミュがサヤを押し倒して襲おうとしているようにしか見えないと。

ハッと気付いてカミュはがばりと身体を起こした。

マズい!完全に誤解された!!
サヤからのキスだけでなく、私がサヤを襲おうとしたとまで…!!

カノンは面白がるように、フッと笑った。

「サヤはお前のものだと俺に言ったな?姉への独占欲が強いのにも程があるぞ。サガ、心配する事はない。ただ、姉への愛が強いだけだ」
「襲う寸前に見えたが…」
「おそらくサヤが俺の名前でも呼んで、それを問いただそうとしてたんだろう。冷気がまだ漂っている」
「確かにそのような小宇宙は感じたな。なるほど、お前の言う通りかも知れんな」
「でも、でも、やっぱり姉弟愛だっ!!」

ミロは叫ぶと部屋をバタバタと走って出て行った。
カノンはそれを見て慌てた。

「サガっ!ミロを追えっ!!口止めだっ!!」
「分かっている!!」

サガは全速力でミロの後を追って行った。

部屋に残されたのは、カミュ、カノン、サヤの3人だった。
カノンは、サガが上手く口止め出来るか気がかりで、一刻も早くミロの後を追いかけたかった。
踵を返そうとすると、カミュが静かな非難の声をあげた。
またサガの部屋にダイヤモンドダストがひらりひらりと浮かぶ。

「カノン、貴様、サヤに何をした?」
「フッ…カミュ、お前以上の事は何もしていないぞ。俺は襲おうなんてしていないが?」
「くっ…だから、これは誤解だっ!!」
「ならば俺の方もお前の誤解だぞ、カミュ。サガが上手くミロの口止めが出来るか気がかりだ。聖域中に噂が広まって欲しくないならば、俺の言う事を聞け。サヤとは買い物に出かけただけだ。それからサガと合流し、食事と酒だ。サヤに聞いてみろ。そう答えるだろう」

サヤがそう答える…。
ならば、カノンの言っている事は真実なのか…?
いや、待て、ならば、何故サヤは二度もカノンの名をあんな声で口走った?

「ミロに口止めして来る。これ以上の追及は無用だ。それとも、噂が広まってもいいのか?」

面白がるように、カノンはニヤリと笑った。
慌ててカミュは首を横に振った。

「それだけは御免だ」
「それなら、ゆっくりサヤを寝かせてやれ。追及は明日でもいいだろ?もっとクールになれ」

いつも弟子に言っている言葉を優しくカノンに諭されてしまって、カミュは己を恥じた。
確かにサヤに聞くのは明日でも構わない。
慌てて無理に問いただす必要などどこにもない。
カノンの事は、本当に何の事はない、酔いのままの寝言だったのだろう。

「カノン、礼を言う。私は我を忘れていた。クールに徹さなければな」
「分かったならそれでいい。俺は行くぞ」
「ああ、悪いな」

カノンは踵を返してミロを追った。
そして形の良い唇の端を吊り上げて笑った。
カミュをある意味騙した形になったが、自分とサヤだけの秘密も守れた。

万事これで解決。
後はミロの口止めだけだ。

カノンは爽快な気持ちでミロの小宇宙を追いかけて行った。


Fin…

2014.7.20 haruka



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