02. 素顔


私は昼食と言っても、サガが何を喜ぶのか考えあぐねていた。
私と同い年とはいえ、サガの身体は大きい。
何かたんぱく質を、と思っても野菜中心で、あるとしたら羊の肉くらいだ。
少し時間がかかるけれど、私はギリシャ伝統のチーズを乗せたサラダとムサカを作る事にした。
あとはフルーツさえあれば形になりそうだ。
いつも簡単に食事を済ませているので、本格的に作るのは久しぶりだ。

どうか、失敗しませんように!!

食材を切り分けて、ミルフィーユのように重ねてオーブンに入れると、サガが水桶二つ分軽々と持って私の部屋に戻って来た。

「由良、この水はどこに入れればいい?」
「キッチンの水瓶に入れてくれる?」
「分かった」

サガがキッチンで水を水瓶に入れていると、嬉しそうな忍び笑いが聞こえて私はサガを振り向いた。

「いや、随分と張り切っているな、と思って」
「だって、お客様だもの。しかも黄金聖闘士様の」
「私は黄金聖闘士の前に一人の人間だ。いい香りの食事に喜びもする。私はムサカが好きだからな。それとサラダか。楽しみだな」

サガに楽しみだと言われて、私まで嬉しくなった。
あとは失敗しなければいいんだけれど…。
オーブンで焼いている間に、私はフルーツを切り分けて、サラダとフルーツをテーブルに配膳して、グレープジュースをサガの席に置いた。

「座って待ってて」
「ああ、分かった」

粗末なテーブルで申し訳ないと思ったけれど、約束は約束だし、憧れのサガとこうして部屋で食事をするなんて夢にも思わなかった。
ムサカが焼き上がって、テーブルの上に配膳すると、サガは目を輝かせた。
いつも神々しい雰囲気を纏ったサガしか見たことがなかった私は、驚いた。

「どうした?早く座ったらどうだ?」
「そ、そうだね。冷める前に頂きますしよう」

サガは軽く頷いて、「頂きます」と言って、ムサカから手を付けた。
サガの好みに合うかどうか、ドキドキしながら見つめていると、サガはふわりと笑った。

「美味いな。あっという間に食べ終わりそうだ」
「本当?」
「ああ」

サガはその言葉通りに、綺麗な所作ながらも、次々にムサカを口に運び、少し物足りないような表情を浮かべていた。
そんな表情も新鮮で、何だか可愛いと思ってしまった。

「ふふっ、まだおかわりあるよ?」
「本当か?」
「サガ様って意外にたくさん食べるのね」
「この身体を維持しようと思ったら、それなりに食べないと身体が持たん」
「そうなんだ。サラダも食べてね」
「分かっている」

サラダを取り分けると、チーズと絡めながら食べて、サガはまた嬉しそうに目を細めた。
そんな姿を微笑ましく思いながら、私はキッチンから残りのムサカを全て持って来て、サガのお皿に盛り付けた。
晩ご飯に残りでも食べようかと思っていたけれど、サガがこんなに喜んでくれるのなら、構わないと思った。

…食材の残りが少ないから、しばらくは少しひもじいかも知れないけれど…。

「本当に由良は料理が上手いな」
「普段はこんな料理は作らないよ?サガだから特別」
「私だから…?」
「うん。女の子一人じゃ食べ切れないし、そんなに食材も揃ってないし。今日はたまたま揃っていたの」
「そうか…。悪い事をしたな」

サガはすまなそうに、食事の手を休めた。

「いいの!サガ様は命の恩人だから。私が死んでたら、何もかも無駄だもの。だから、サガ様が喜んでくれるのがとても嬉しいの」
「そうか…。ならば、今度は共に市場にでも行こう。ここにいると、何だか休まるな。黄金聖闘士という地位を忘れて、一人の人間に戻れるような気がする。サガ様も黄金聖闘士様も止めてくれ。サガでいい。また来ても良いだろうか?」
「え…?嘘…」
「私は嘘が吐けない。そういう性格だ。だから、これは本心だ。出会ったばかりなのに、不思議だな」

私はサガの申し出に驚いて言葉を失いほんのり頬を染めた。
確かにサガは、いつもとはガラッと変わった雰囲気で寛いでいる。
だから、サガの言っている事は心からの言葉なのだろう。

それにしても、私となんかで心が休まるって…!!
また2人きりで会うなんて!!
あの憧れのジェミニのサガと…!!

でも、サガには黄金聖闘士という地位がある。
私なんかにかまけていたら、黄金聖闘士の沽券に関わるのでは…。

「サガ…。嬉しいけど、模範的な黄金聖闘士がそんな事…。私はサガに憧れていたの。こうして2人きりで会えてそれだけで、もう十分なくらい幸せなんだよ?もうこれ以上は…」
「人目を忍んで来る。私は由良の事をずっと見て来た。いつか、由良と話したいと思っていた。これが最後だなんて、私は認めたくない。それでもダメだろうか?」

サガも私を見つめて来たと知って、私は驚くと同時に、とても幸せな気持ちになった。
私だけがサガを見つめて来たと思っていたのに、サガも同じだったんだ…。

「お前の孤独を埋めたいんだ…。ダメか?」

美しい顔で寂しそうな表情でそんな事を言われたら、もう拒む事なんて出来なかった。
それに、私の孤独を憧れのサガが埋めてくれるなんて…。

本当にいいの?と思いながら私は頷いた。

「うん、いいよ…」

次の瞬間、サガはふわりと本当に嬉しそうに笑った。
私はその笑みに魅了されて、ただただドキドキとときめきながらサガの顔を見つめていた。

サガはまた食事を開始して、すっかり平らげると幸せそうに目を細めていた。
今日はサガの色々な顔を見てばかりだ。

「由良、こんな村外れだと買い出しも大変だろう。市場へは共に行こう」
「サガ、それは嬉しいんだけど、持ち合わせがそんなになくて…」

恥ずかしいけれど、それは事実だからそう告げるとサガはしまったというような表情を浮かべた後に、悪戯っぽく笑った。

「ならば、私が支払えばいいだろう。私の食事を由良がつくるのだからな。市場で食材を選ぶのが楽しみだ。お前の手料理を思い浮かべながらな。それなら構わないだろう?」
「そんな…」
「それとも、私の事が嫌いか…?」

サガは急にまた寂しそうな表情になった。
嫌いだなんてとんでもない!!
あれほど憧れていた人なんだから!!

「そんな訳、ないよ…。ずっとサガの事を見つめて来たんだから…」
「ならば、ここにまた来たい。ずっとお前の顔を間近で見たいと思っていたからな」

サガは席を立つと私の前に立ち、じっと私の瞳を見つめた。

「不思議な色をしている、美しい瞳だ。そして、汚れがない、真っ直ぐな性格が現れている。まるで吸い込まれそうだな」

サガは私の瞳にしばらく見惚れていた。
自分では分からない、この瞳をじっとサガのエーゲの瞳で見つめられて、我知らず鼓動が速くなった。

サガの顔がふと近づき、そっと抱きしめられると両頬に触れるだけのキスをされた。
抱きしめる男らしい腕にまた苦しいくらいにときめく。

「名残惜しいが、私は十二宮へ帰る。また忍んで来るから待っててくれ」

私がサガを小屋の入口まで送ると、サガは私を振り返り振り返り、歩み去って行った。


本当はね、サガにもう一度会いたかったのは私なの。
黄金聖闘士の仮面を脱ぎ捨てた、ただの少年に戻ったサガに何度も会いたいって思ったの。
それが、お互いどうしようもなく惹かれてしまう事になるなんて、その時は気付かないまま…。

2014.8.10 haruka

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