19. Love Letter


産まれた赤ん坊は、男の子だった。
私は迷いなくサガと名付けた。
サガからの形見はたくさんあったけれど、この子は私への最高の贈り物だった。
別れの日の、あの幸せな思い出は一生忘れられない。
この子がいるからこそ余計に。

ブロンドの髪に、サガそっくりの瞳をした子で、初めて目を開けた時、私はあまりに懐かしくて愛しくて泣き崩れた。
まるで、サガが生まれ変わったような気さえした。
まだサガはどこかで一人で苦しんでいるだろうけれど…。

サガとこの幸せな瞬間を分かち合いたかった。
愛しい我が子を一緒に育てたかった。
小さなサガの産まれた日まで、サガと同じ誕生日だった。

それからは育児が思っていたより大変だったけれど、次々にサガが色々な事が出来るようになる度に、幸せな気持ちになった。
小さなサガは、身体能力まで高いのか、寝返りを打つのも、はいはいをするのも、立って歩くのも他の赤ん坊よりも早くて病院の先生にも驚かれた。
言葉を教えるのも楽しかった。
すぐにママという言葉を覚えたので、私はサガの写真を見せながら、パパという言葉を根気よく教えた。

そんな日々を送っていると、1年なんてあっという間だった。
小さなサガが1歳と数ヶ月になり、部屋の中で遊ばせていた時の事だった。
突如、部屋の中が黄金色の光で満たされた。
それは、サガが現れる時と同じだった。
私は期待した。
サガの中の悪魔が消え去って、再び巡り合えるのかと。

「サガ…?」
「ママー」

小さなサガは、不思議そうにその光を見つめていた。
やがて光が消えると、2人の黄金聖闘士が立っていた。

「突然お邪魔して申し訳ありません。そして、サガではなくて、期待させてしまって申し訳ありません。私はアリエスのムウ」
「私はバルゴのシャカ」
「ムウとシャカ…。昔、サガが面倒を見ていた黄金聖闘士?」
「そうです」

ムウは、気遣わし気な表情で私を見つめていた。
シャカは何故かずっと目を閉じたままで、私の息子の方に顔を向けた。
小さなサガは、シャカを見上げていた。
シャカはフッと笑った。

「この子からは大きな小宇宙を感じる。善のサガとよく似た雄大な小宇宙だ。君の息子かね?」
「ええ」
「やはりそうでしたか。部屋の住所から貴女の存在は分かっていたのですが、この小宇宙に私達は驚きました。サガに子供がいたとは。それにしても、サガによく似ていますね。まさかとは思いますが…こんな事を尋ねるのは失礼ですが、貴女は悪のサガに無理矢理…?」

私は迷いながら頷いた。

「あのサガがこんな事をするのは余程の事があったからでしょう。さぞやお辛かったと思います」
「確かにそうだった。それでサガは姿を消そうとしたの。でも、私が我儘を言って、最後に善のサガに愛されてこの子が生まれたの」

そう言うと、ムウは驚いたように目を見開いた。
シャカは得心したというように頷いていた。

「それならば、納得が行く。サガの最期の言葉の意味が分かった」
「最後…?」

シャカは、静かに答えた。

「サガは死んだ。アテナの前で許しを乞うて」
「サガが…死ん…だ…。何…で…?」

私はまだサガの死が実感出来なくて、そう言葉を紡ぐ事しか出来なかった。
ムウは目を伏せて、サガの最期を話し始めた。

「サガは13年前、当時の教皇を殺害しました。そして、アテナさえも殺害しようとした所をアイオロスに止められ、アテナを連れて逃げたアイオロスに罪をなすりつけて、逆賊として粛清しました。それは、貴女もご存知の悪のサガの仕業です。サガは酷い二重人格にずっと悩まされていたのです。教皇を殺害したサガは、教皇になりすます他、手段がなかったのです」
「サガがアテナと教皇を…?だから、サガは聖域を離れるって私に言ったのね。まさか、サガが教皇だったなんて…。私に所在を知らせなかったのもそのせいだったのね…」

サガの最大の秘密が明かされて、何故あの15歳の時にサガを救えなかったのかと思うと涙が出て来た。
私がサガにプレッシャーをかけていたの?
必ず教皇になれるって。
だからアイオロスが選ばれた時に、教皇を殺害したの?

「由良、13年前の事で君が思い悩む事はない。サガの本体は紛れもなく正義だった。そして、サガの二重人格は別の理由がある。むしろ君の存在がサガの理性を繋ぎ止めていた。悪のサガが君をわざと傷付けたのは、正義のサガを傷付け、完全に支配下に置くためだったのだ」

シャカは淡々とそう告げた。
ムウは同意するように頷いた。

「サガは、アテナの力で悪の心が消えました。しかし、アテナの聖域への帰還のために、多くの聖闘士の命が失われてしまった。それにサガは耐え切れず、アテナの前で贖罪のために自害をしました」
「そんな…。生きて罪を償う道もあったのに、そんな…」

私はサガの中の悪魔が消え去るのをずっと待っていた。
いつか、本物のサガになって帰って来るのを待っていた。

なのに、自害してしまうなんて…。
せっかく正気になったのに…。

「サガ、酷いよ。生きていれば、いつかは許される日も来たはずなのに。正義のサガを憎む人なんていないはずなのに…。サガにこの子に会って欲しかった」

私は堪え切れず、涙を流した。
あの別れは、生きていればこそだったけれど、この別れは、永遠の別れだ。
もう二度とサガに抱き締めてもらえない。
それが悲しくて悲しくて仕方がない。

私が泣いている間、ムウとシャカは悲しそうな表情でずっと私を見つめていた。

「ムウよ、サガの最期の言葉を伝えねばならない。君しかサガの最期に立ち会っていない」
「そうですね」

ムウは静かに告げた。

「自害をしたサガの最期の言葉です。アテナ、こんな事で私の罪が許されるとは思っておりません。でも、このサガ、本当は正義のために生きたかったのです…。どうか、それだけは信じて下さい、と。アテナはサガをお許しになりました。そして、アテナへの礼の言葉の後、息絶える間際にこう言いました。由良、すまなかった。でも、愛し合えて嬉しかった、と」
「サガ…」

サガの純粋な気持ちがただただ心に痛かった。
正義のため、愛のために本当は戦いたかったサガの切なる思いが辛くてたまらない。
そして、最後まで私を愛してくれていたサガの想いが切なくて、サガを永遠に失った事が悲しくて、また涙が溢れ出した。

「ママー。ママー」

泣いている私の足に小さなサガが心配そうに抱き付いた。
私は小さなサガを抱き上げて、抱き締めて泣いた。
サガが最後に残してくれた、最高の宝物を…。

「アテナはサガの言葉を聞いて、教皇の間を調べさせました。すると、デスクの上に封蝋で封印された手紙が残されていました。貴女の名前と住所が書かれていましたので、この場所が分かりました」

ムウは、私に手紙を差し出した。

「私が抱いていてやろう」

シャカが手を伸ばし、サガを抱っこしてくれた。

「私はシャカだ」
「シャカ?」
「そうだ。よく喋れるではないか。君の名前は?」
「なまえ…サガ!」
「サガというのですか!?」

ムウは驚き、シャカは慈愛に満ちた笑みを浮かべた。

「サガに二度と会えない気がしたから、サガの名前をもらったの。髪から目の色まで同じで、本当にサガみたいで嬉しかった」
「そうですか…」

ムウは目を伏せてそっと涙を流した。

「貴女には酷かも知れませんが、サガからの最後の手紙です」

最後、という言葉が悲しくてたまらなかったけれど、手紙でもいいからサガの言葉が聞きたかった。
封蝋を剥がすと、中から厚手の紙が現れた。
それを開くと、サガの懐かしい懐かしい几帳面な文字が書かれていた。
万年筆の筆跡で、あのプレゼントを使ってくれていたのだと思うと胸がいっぱいになった。



愛する由良へ

お前がこの手紙を読んでいる頃には、私はこの世を去っているはずだ。
私の秘密は二重人格だけではない。
お前に重大な隠し事をしていた。

13年前、私がお前に聖域から去ると告げたあの日、私は悪の私に支配され、教皇を殺害して教皇になり変わり、アテナまで殺害しようとした。
それをアイオロスに見咎められ、アテナを連れて逃げたアイオロスを逆賊として粛清した。
教皇を空位に出来なかったため、私は教皇になりすました日々をこの聖域で送っていた。
お前になかなか会いに行けなかったのはそのためだ。

ずっとこの秘密が辛くてたまらなかった。
私の罪は重すぎて、アテナに許される事などないと知っていた。
なのに、私はお前を愛してしまった。
初めて出会った時からお前に惹かれていた。
この気持ちだけは、どうしても封印出来なかった。
私はお前を幸せに出来ない運命にあるというのに…。
だから、お前を抱く事だけは堪えていた。
罪深い私がお前を穢してしまう事など許せなかった。
お前を花嫁として迎えられない私がそんな事をしてはならないとずっと思っていた。

お前と過ごした日々は、眩しいほど煌めく思い出ばかりだ。
初めて交わした野いちごの香りのキスは忘れられない。
とても幸せなキスだった。
11年間、お前の色々な姿をずっと見守っていられて幸せだった。

あのパリのホワイトクリスマスは中でも格別だった。
そして、決死の覚悟をしていたお前を抱いてやれなくてすまなかった。
いまだに後悔している。
あの時なら優しく抱いてやれたのに、と。
あんな形でお前の初めてを奪うのなら、あの時に愛し合いたかったと。
それでも、最初で最後だったあの晩、私は初めて本当の愛を知り、そして言葉では言い表せないほど幸せだった。
私に愛を教えてくれてありがとう。
お前だけが私の救いで、かけがえのない宝物だった。
お前と子を成せて育てて行けたらどんなに幸せだっただろうと思うと、涙が止まらなくなる。
本当にお前を愛している。

離れてしまってからも、いつかお前が言っていたように、ふたご座を見上げてはお前に想いが届くように願っていた。
クリスマスにパリに出かけて、まだあの南京錠があるのを見つけたらお前が恋しくてたまらなくなった。

最後に、私の小さな秘密を綴ってこの手紙を終えようと思う。
教皇の間の執務室のデスクの上に、結婚指輪が飾ってある。
叶わぬ願いと知っているのに、願わずにはいられなかった。
お前を花嫁として迎えて、生涯共に愛し合って幸せな家庭を築きたかったと。
私は指輪を見ては、お前との叶わぬ幸せな未来に想いを馳せて夢見ていた。
馬鹿げていると思われるかも知れない。
お前を幸せに出来ない男がこんなにも女々しい夢を見ていたなんてな。
でも、それほど、本当に本当にお前が大切で、いつまでもそばにいたかった。

最期の願いだ。
その指輪を私の墓に入れてくれ。
私の夢、希望、願望だ。
共にいられない私を許してくれ。
そして、ふたご座を見たら私の事を思い出して欲しい。
愛して止まない由良。
お前が好きでたまらない。
いつか、もし輪廻してどこかの世界に生まれ落ちるなら、お前を探し出してもう一度初めから恋をしたい。
愛している。
胸が痛くなるほど、お前を愛している。
お前を置いて逝く、私を許してくれ。

Forever Love サガ




私は長い手紙を読みながら、溢れる涙が止まらなかった。
切々と綴られたサガの秘密と私への深い愛情が切な過ぎて、私は手紙を読み終えると、そのまま顔を両手で覆い、泣き崩れた。

サガ、貴方の息子はここにいるよ。
死ななければ、幸せな家庭が築けたかも知れないよ。
結婚指輪まで用意していたなんて知らなかった。

嗚咽を漏らしながら泣いていると、ムウが床に落ちた手紙を読み始めた。
やがて、ムウは、私の肩にそっと手を置いた。
ムウを見上げると、一筋涙を流していた。

「サガと貴女の気持ちがよく分かりました。共に聖域へ帰り、アテナにお会いしましょう」
「でも…」
「心配はいりません。アテナはサガをお許しになっています。サガの葬儀が間近です。最後に会うチャンスです。聖域へ行きませんか?」

私はしばらく迷った後、頷いた。

「では、参りましょう。仕度があるのなら待ちます」
「ええ」

私は着替えて、子供用の簡単な荷造りをした。
そして、ムウとシャカに連れられて、13年振りに聖域へと戻った。

2年振りにサガに会うために…。


2014.8.28



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