17. 喪失


由良とパリに行ってから2年の月日が経った。
私は幼い聖闘士見習いの孤児達が次々と命を落として行く報告を聞いては胸を痛めていた。
しかし、厳しい修行に耐えられなければ聖闘士として役に立たない事も事実だ。
私は教皇の間で、聖闘士育成の指揮を取る日々を送っていた。

由良にはあれ以来会っていない。
いまだにメッセージのやり取りはしているものの、返信をする時間すらなかなか取れないようになっていた。
執務中に、由良の写真と結婚指輪をこっそりと眺め、由良から贈られた万年筆で仕事をする時間だけが私の癒しだった。

メッセージの返信をしたい。
電話で声が聞きたい。

時間がやっと取れた時には、私は身体を悪魔に乗っ取られて、まるで拷問のように好き勝手にこの身体を使われた。
贅の限りを尽くしたハーレムで、女を戯れにもてあそびながら食事をしたり、その後は性欲が満たされるまで何人もの女を抱いたり。
止めろと声の限りに叫んでも、私は悪魔を追い出す事が出来ずに、悔しい事に五感だけはその快楽を享受していた。

由良に連絡しようにも、わざと明け方近くまで悪魔は私を拘束し、疲れ切って泣き濡れて眠る日々が続いた。

ある日、私はようやく執務の間に時間を無理矢理見つける事が出来て、たまっていた由良のメッセージを読んだ。
そこには切々と私への愛の言葉と会いたいというメッセージが書かれていた。
そして、最後のメッセージを読んだ時、私の手は止まった。

「サガ、今、大きな秘密と戦って苦しんでいるの?だから、返信も出来ないの?サガが苦しいならそばにいてあげたい。何も出来ないかも知れないけど、昔一度だけあった時みたいに泣きたいなら泣かせてあげたい。無理はしないで。こんなに連絡がないと心配。サガがどこかで一人で泣いているような気がするの。サガは一人じゃないよ。サガが辛い時にはそばにいるよ。だから、会いに来て。連絡待ってるから」

由良からのメッセージには、恨み言は一つもなかった。
ただ、私への愛と気遣いの言葉しかなかった。
そして、最後のメッセージを読んだ時、私は仮面の内側で思わず涙を流した。

何故、何も伝えていないのに由良は私の事が分かっているのか。
何故、連絡を絶っているのに何一つ恨み言を言わないのか。

私は耐え切れず、雑兵に向かって瞑想するから邪魔をするなと言い置いて、瞑想の部屋へ入って行った。
時間を確認すると、午後10時。
由良は帰宅してまだ起きている時間だ。
今は正気を保っていられる気がする。
私は由良に電話をかける事にした。

「もしもし、サガ?」

数回のリングトーンの後に聞こえた優しい由良の声があまりに懐かしくて愛しくて、涙が溢れて来た。

「サガ…?」
「ああ、すまない。お前の声があまりに懐かしくて、恋しくなって、言葉が出なかった」
「私もサガの声がずっとずっと聞きたかったよ。電話してくれて嬉しい。サガ、疲れた声してる。辛い事があったの?きちんと眠れてる?」
「何故分かる?」
「やっぱり眠れてないんだね…。もうサガと出会って11年だよ?そのくらいの違いは分かるよ」
「11年も経つのか…。早いものだな」
「そうだね。サガに会えなくなって、もう2年か…。ずっとサガの事を心配してたよ。一人で辛い思いをしてないかって」
「由良…。最後のメッセージを読んだ。今、辛くてたまらない。私はお前に会うべきではないのに、会いたくてたまらない。お前を抱き締めたい。泣けるなら、その胸で泣きたい。お前だけが私の救いだ」
「サガ…。私、明日は休暇なの。もしサガが来られるなら、私、待ってる。来られそう?」

私は迷った。
あの悪魔がまた今夜も私を苦しめるのではないかと。
しかし、こうして由良と電話をしても、今日は邪魔をして来ない。
もしかしたら、今日こそが久々に正気を保てる好機なのかも知れない。
2年振りに由良に会える…。

「すぐに行く。長居は出来ないかも知れんが、お前に会いたくてたまらない」
「嬉しい。久しぶりにサガに会える!私、待ってるね」
「ああ、30分以内には行く」
「分かった。じゃあね。サガ、愛してる」
「私もだ、由良。では、後ほど」

私は電話を切って、仕度をすませると由良の部屋へ向かった。

部屋に着くと、由良は風呂上りだったのか、バスローブを着てソファの上で書類を読んでいた。
私の気配を感じてすぐに由良は顔を上げて、目に涙を浮かべて微笑んだ。

「本当にサガ、来てくれた…。2年振りに。ますます綺麗になったね」
「お前の方こそ美しくなった。会いたくてたまらなかった。ずっとずっと会いたかったのに…」

そう言葉にすると、恋しくて恋い焦がれた日々を思い出して涙が溢れて来た。
あの悪魔さえいなければ、私は由良に会いに来られた。
由良は立ち上がり、私をキツく抱き締めて静かに泣いた。
私も由良の首筋に顔を埋めて、ただただ泣いた。
久々の由良の温もりがどこまでも優しくて愛しくて、胸がいっぱいになる。

「サガにずっとこういう風に抱き締めて欲しかった。やっと会えて嬉しいよ…」
「私もどれだけお前を抱き締めたかったか。会いたいのに会えなくて、辛くてたまらなかった…」

見つめ合うと、久々に間近で私の焦がれていたグリーンの瞳に魅せられた。

「お前の瞳は綺麗だな。写真では分からなかったから恋しかった」
「私はサガの瞳が好き。エーゲ海みたいな色をしていて、とても綺麗」

じっと見つめ合い、そして私達は2年振りのキスをした。
優しい優しい柔らかなキスを。
ほぼ毎晩のように繰り広げられる愛のない汚らわしいキスとは違う。
心から大切だと思える愛しいキスだ。
会えなかった分、想いが募ってお互いに涙を流しながらキスを繰り返す。
私達の涙のように、外では激しく雨が降り出した。
そして、大きな雷が同時に鳴り始めた。
一際大きな雷が鳴って稲光で外が一瞬昼間のように明るくなると、由良は驚いて唇を離した。

「すごい雷。ちょっと怖いな…」
「部屋から出なければ問題ないだろう」
「そうなんだけど」
「久しぶりに添い寝してやろうか?明け方までにはここを出なければならないが、雷が怖いのならベッドで抱き締めていてやるぞ?」
「本当?嬉しい…。サガ、愛してる」
「私もだ。お前が誰よりも大切だ。行くぞ」

私は由良を抱き上げて寝室に入り、ベッドの上に由良を下ろした。
由良はまだ横にはならず、ベッドに腰をかけて私に抱きついていた。
その時、唐突に部屋の明かりが消えた。

「停電?」
「大丈夫だ。きっとすぐに復旧する」

また近くに雷が落ちる音がして、由良はびくりと身体を震わせた。
その背中を撫でて落ち着かせている時、私の脳内であの声が聞こえた。

「この時を待っていたぞ、サガ」
「待っていた?どういう事だっ!?」
「フッ、こういう事だ」

その瞬間激しい頭痛に私は見舞われ、意識が外へ追いやられる感覚がした。
由良にだけはあの姿を知られたくない。
私は必死で抵抗して意識を繋ぎとめようとした。

「くっ…止めろっ!はぁはぁ…」
「サガ、どうしたの?」

由良は心配そうに私の髪を撫でた。
その心地良さと優しさで、私は悪魔を何とか押さえ込んだ。
しかし、その次の瞬間また大きな雷が鳴り、由良の悲鳴と共に、私は悪魔に屈服してしまった。

私は意識の外側の、結界の中に閉じ込められた。
もう一度ほど近い所に雷が落ちると部屋の中が明るく照らし出されて、艶然と笑う黒髪の私の姿があった。
由良は目を見開き固まっていた。

「サ…ガ…?」
「そうだ、私はサガだ」
「嘘…。髪の色も目の色も違う…。サガはどこへ行ったの?」
「どこへも行っていない。同じ身体、同じ声だろう?私もサガだ」
「でも…」
「ブロンドのサガには呆れ果てる。お前の望みを叶えてやれぬとはな」
「私の望み…?」

その時、電気が復旧して部屋が明るく照らし出された。
黒髪に赤い目をした悪魔の私が由良にニヤリと笑いかけている。
その笑い方は、いつも女を抱く前に見せる笑みだった。
私の顔から血の気が引いていく。
この悪魔は、たった一人私が愛して止まない大切な由良を抱こうとしている。

「止めろっ!!由良に触れるなっ!!」
「煩いぞ、サガ。私はお前の願望だ。お前はこうしたかったはずだ」

脳内でそう言い合うと、悪魔の私は由良のバスローブを勢いよく引き剥がして由良を組み敷いた。
そして、自身の服を脱ぎ捨てた。

「嫌っ!!止めてっ!!」
「お前はサガにこうして欲しかったはずだ。このサガにな」
「サガを返して!」
「私がサガだと何度言えば分かる。煩い口を塞がねばならんな」

言うなり、悪魔の私は由良の唇を奪った。
由良は必死に抵抗していたが、黄金聖闘士の私に敵うはずがない。
ずっと守って来た由良の唇が、穢されてしまった。
私は結界を破ろうと必死に殴っていたが、固い結界は破れなかった。
私は悔し涙を流しながら、由良が犯されて行く様を見ている事しか出来なかった。

「お前も由良の身体を堪能したいだろう。とくと見せてやる」
「嫌だっ!!由良は私だけのものだ!汚らわしい手で触るなっ!!」
「ふん。ずっとこうしたかったくせによく言う」

それから悪魔の私は、私に見せ付けるように由良を抱き始めた。

身体中にキスマークを付けられて泣く由良。
執拗に胸を揉みしだかれて、嫌らしく胸の先をいじられながらもう片方の胸に吸い付かれて、泣きながらも堪え切れずに嬌声を上げる由良。

「嫌だと泣く女もいいものだな。泣きながらも、感じていい声で啼くなど、淫乱な女だ」
「違う…。もう止めてっ!!」
「断る」

そんな酷い言葉でなじられながら、乱されて行く由良を見ているのが辛くて、由良の身体の柔らかさをこんな形で知ってしまうのが悲し過ぎて、涙が溢れて来る。

由良を抱くなら、優しく優しくお互いに愛を確かめ合いながら、由良の身体を愛したかった。
こんな形の快楽なんて要らない。

「由良…。私のたった一つの宝物が…。これ以上由良を傷付けないでくれ」
「何を言う。処女を抱くのには時間をかけねばならんだろう」
「ダメだっ!!由良の純潔だけはっ!!」
「しかし、お前に由良は抱いて欲しいと懇願した。私がその望みを叶えてやっているだけだ。ありがたく思え。お前だって気持ちいいのだろう?」
「違うっ!!止めろっ!!止めてくれ…」

私は結界の中で泣き崩れた。
大切にして来た花が手折られる。
目の前で繰り広げられる光景は、拷問以外の何物でもなかった。

悪魔の私は、慣れた手付きで由良を愛撫していく。
由良は嬌声を上げながらもずっと泣いていた。
そしてやがて、私の恐れていた事が起こった。

「初めてなのに、こんなに濡れていやらしい女だな。しかし、男にとっては好都合だ」

由良がいやいやと首を横に振っているにも関わらず、悪魔の私は容赦なく由良を貫いた。

「きゃああっ、痛いっ!!止めてっ!!」
「サガに抱かれて幸せだろう。すぐに慣れる」

由良は痛いと泣いているのを無視して、悪魔の私は己の欲望のままに激しく突き上げ始めた。

「流石、処女の締め付けは違うな。そう思わんか、サガよ」
「ううっ…由良…」

由良の純潔を私は守れなかった。
こんな形で由良の初めてを奪うなんて思いもしなかった。
私でない私の五感はダイレクトに私に伝わり、己も快楽をこんな形で享受している事が悲しくて仕方がなくて、私は溢れる涙が止まらなかった。
何故、2年前のクリスマスに抱いてやらなかったのか。
あの日なら、私は優しく由良を抱いてやれた。

最早こうなったら、私は二度と由良の前に姿を現せない。
これが今生の別れだと思うと余計に涙が止まらなかった。

こんなに愛しているのに、悪魔に勝てないのか。
世界で一番大切にして来たのに、守れなかったのか。

こんな形での別れなんてしたくなかった。
もっとそばにいたかった。

愛している、すまない、と心の中で繰り返しながら、あまりの心の痛みにただ結界を殴りながら泣く事しか出来なかった。

やがて、悪魔の私は絶頂を迎えると、満足げに笑った。

「サガよ、望み通りこの身体を返してやるぞ」

そう言って悪魔は私の中に消えて行った。
私は由良に覆いかぶさったままだった。
結界の中で泣いていたままに、涙が溢れて由良の頬を濡らして行った。
こんな形で私の意識を戻して欲しくなかった。
私には由良に合わせる顔がない。
あの男はどこまで残酷なんだ。
悲しくて悲しくて、涙が止まらない。

「サガ…。やっと戻って来てくれた…。ブロンドのサガだ…。ううっ…」

由良は私の背を抱き締めて、声を上げて泣いた。

「由良にこんな傷を付けて悪かった。自害しても詫び切れない。もうこれ以上はお前を傷付けられない。私はもうお前の前に姿を現さない。これでさよならだ。離れていても、私はお前を愛している。この気持ちだけは封印出来ない。お前が本当に本当に大切だった。なのにお前を守れなかった…。由良、すまなかった。さようなら」

私は由良の額にキスをして、私は身仕度を整えようとした。
すると由良は、私の背に抱きつき嫌だと首を横に振った。

「サガ、行かないで。せめて夜が明けるまでそばにいて。最後の別れなら、本物の優しいサガと一緒にいたいの」
「また悪魔に変わるかも知れんぞ」
「それがサガの抱えていた秘密なら、一人で行かせたりなんか出来ないよ。そばにいさせて?サガとあと少しでいいから、そばにいたいの」

その許しの言葉に、私はまた涙が溢れた。

傷付けてしまうのが怖い。
でも、もっとそばにいたい。

私は由良を抱き締めて泣いた。

初めて自分の素肌の身体で抱き締めた、由良の素肌の身体は温かく、温もりから愛が伝わって来た。
本当に由良だけは手放したくなかった。

これがさよならだなんて認めたくなかった。


2014.8.27 haruka



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