10. 再会


サガと離れ離れになって1年半が過ぎて私は17歳になっていた。
サガが姿を消してから数日後、アイオロスがアテナを殺害しようとしたという衝撃的な情報が集落にまで広がり、私は本当に驚いた。

あの優しくて正義感溢れるアイオロスに限ってそんな事をするなんて、到底信じられなかった。
その一方で、サガが姿を消した事と何か関係があるのではないかと漠然と思った。
それでも聖域は、段々とまた平穏な日々を取り戻し、人々はアイオロスの噂話を時折するものの、アテナが無事だったから良かったという安心感の方が大きく、日常生活に完全に戻っていた。

1年半という歳月は、サガと過ごした日々よりも長く、私はまた孤独な生活に戻って行った。
まるで、サガに愛されていた事が幻じゃなかったのではと思えるくらいに。

それでも目を閉じれば、サガの優しい微笑みや抱き締める腕の逞しさや、柔らかなキスまで胸に蘇る。
私はその思い出に浸り、サガの事を待ち続けた。
何故、聖域にいられなくなったのかは分からないけれど、迎えに来るという言葉を信じていた。

ある冬の晩、私は寝付けなくて、寝室の窓から月を眺めていた。
サガの、淡い悲しくなるほど美しい儚げな笑みが目に浮かぶような、朧月夜だった。

「由良、待たせた。起きているか?」

サガに思いを馳せていたら、懐かしい懐かしい優しいサガの声が聞こえた。
空耳だと思ったら、扉が開く音がしてこつこつという足音に続いて、寝室の扉が開いた。
そこには長身の男性が頭からすっぽりと布を被って立っていた。

「由良、会いたかった…」

その言葉と同時に布がはらりと取り払われて、美しいサガの姿が現れた。
私は一瞬呼吸が止まった。
会いたくて会いたくて堪らなかったサガがここにいる。
じわじわと実感がようやく湧いて来ると同時に、涙が溢れて来た。

「サガ…会いたかった。ずっとずっと会いたかったよ…」

震える声でやっとそう言うと、サガは私のベッドに腰をかけて、私をキツく抱き締めた。
以前よりも逞しくなっているその身体から、私達を別っていた年月の長さを思い知って、また涙が溢れた。

「由良、こんなに待たせて悪かった」

サガはそう言うと、優しいキスを何度も繰り返した。
懐かしい懐かしいそのキスに涙が止まらない。
ぽたりと頬を濡らす感触がして、サガもまた泣いている事を私は知った。
1年半の空白を埋めるように、何度も長いキスを繰り返して、ようやく私達は唇を離して見つめ合った。
サガは、以前より一層精悍な顔立ちになっていて、その美しさが更に際立っていた。

「由良、綺麗になったな」
「サガも綺麗になったよ」
「そうか?」
「うん」
「私は由良のその瞳が恋しくて堪らなかった。愛している。あの日からお前の事を考えない日は一日たりともなかった」
「私もサガに会いたくて堪らなかったよ…」

そう言うと、何だかまた切ない気持ちになって、涙が溢れて来た。
サガは指の背でそっと私の涙を拭った。

「由良、聖域を出るぞ。アテネ市街にお前が住める所を確保した」
「私が住める所…?サガは?」

そう尋ねると、サガは寂しそうな笑みを浮かべた。

「私もそこを仮初めの部屋として一緒に住む。でも、お前を置いて部屋を空ける事の方が多いのは確かだ。それでも、今までよりは頻繁に会える。それではダメだろうか。それ以外にお前と過ごす方法がないんだ」
「一緒に住むの?」
「ああ、そうだ」

サガと一緒に住むという言葉に私は戸惑った。

「嫌か…?」

サガは不安そうな、寂しそうな顔で私に尋ねた。
サガと一緒にいられるのが嫌なはずがない。
むしろ嬉しくてたまらない。
ただ、結婚もしていないのに一緒に住む事に戸惑っているだけ。
私は首を横に振った。

「ううん、嬉しい」

私がようやく笑うと、サガも微笑んだ。
そして、もう一度私を強く抱き締めると、サガは私の耳元で囁いた。

「夜が明ける前にはアテネ市街に着きたい。全て仕度は整っている。最小限の持って行きたい物だけ荷造りしてくれ。出来れば30分以内に」
「分かった」

私は、少しの着替えとお母さんの形見の品を布の袋に入れ、キッチンの物を処分して、準備を整えた。

「サガ、もう大丈夫。準備は出来たよ」
「分かった」

サガはまた全身を布で覆うと私を抱き上げた。
そして、サガの身体から黄金の光が溢れ出し、私達を包み込むと私はその眩しさに目を閉じた。

光が消えて目を開けると、そこは綺麗な造りの部屋だった。
広々としたダイニングにカウンターキッチンが備えつけてある。
どんな部屋なのか気になって、私はきょろきょろと辺りを見回した。
サガはくすりと笑って私を下ろして自身を包んでいた布を取り払った。

「部屋が見たいか?」
「うん!」
「好きなように見てくるといい。私は紅茶を淹れておくから」
「ありがとう!」

私はパタパタと部屋を見て回った。
大きなソファがあるリビングルーム。
書斎の大きな机は重厚で、天井まである壁一面の本棚にはサガの本と思われる物と、真新しい本とノートが20冊ほど立てかけてあった。
寝室には大人2人が寝ても余裕がありそうなほど大きなベッドが一つ。
その部屋も広々として、ワードローブとコーヒーテーブルがあった。
バスルームは、私が横たわれるほどの大きさの猫脚のバスタブが置いてあり、大きな化粧台があった。

聖域の私の小屋とは比べ物にならないくらい立派だ。
私は心底驚いて、またサガの下へ戻った。

「サガ、すごく素敵な部屋!こんな所、初めて!」
「お前が喜んでくれて良かった。双児宮よりは手狭だが、これなら十分寛げると思ってな」
「サガはこれよりもっとすごい暮らしをしていたのね。なのに、私のあの部屋に遊びに来てくれてたなんて…」

今更ながらにあの粗末な部屋を思い出すと、恥じ入りたくなった。

「そんな顔をするな。私がお前に会いたかっただけだ。場所など関係ない」

そう言うと、サガは触れるだけのキスをした。

「さあ、一緒に紅茶を飲もう」
「うん」

サガは紅茶を持ってリビングルームへ移動した。
ふかふかのソファに座って、サガに寄り添うと、とても幸せな気分で満たされて行った。
段々と、サガと一緒にいるという実感が湧いてくる。
紅茶を啜るとほんのりと薔薇の香りがして、とても美味しかった。
サガはそんな私を見ると微笑んで、ゆっくりと紅茶を飲んでいた。

「こんな夜更けに悪かった。もう寝ていたか?」
「ううん、眠れなかったの。サガの事を想いながら、月を眺めていたの」
「そうか…。眠れそうか?」
「眠るの、怖い」
「何故だ?」
「目覚めたら全部夢で、一人ぼっちであの家で目を覚ましそうで…」
「由良…」

サガは私を抱き寄せて、左胸に私の頬を押し当てた。
力強いサガの鼓動が聞こえて来る。

「由良、聞こえるか?」
「うん。サガの身体、あったかい」
「これでも夢だと思うか?」

私はサガに抱き付いて、首を横に振った。
夢ではこんなにリアルな温もりは感じない。
風邪で寝込んだ時のサガの温もりを私は思い出していた。
もう一度、あんな風に抱き合いたいと何度願った事か。
その温もりが、いまここにある。
それが嬉しくてたまらなかった。

「サガ、今日は一緒に寝てくれるの?」

サガを見上げると、サガは少し困ったように笑った。

「寝室が一つだけだからな。一緒に眠る事になるな」
「私が風邪を引いちゃった時の事を思い出してたの」
「そうか…。あの時以来だな。こうしてゆっくりと抱き合うのは」
「うん…。ずっと寂しかった…。サガ、明日も一緒にいてくれるの?」
「ああ。だから、安心して眠るといい。明日は2人でのんびり過ごそう」
「良かった。こんなの初めて」
「そうだな」

ふわりと笑うと、サガは私に優しいキスをした。

「もう遅いからそろそろ寝よう。大丈夫だ。朝になっても私はどこにも行かない」
「うん」

もう一度、今度は触れるだけのキスをすると、サガは私を抱き上げて寝室へと入り、ベッドの上に私を下ろした。

「部屋着に着替えて来るから待っていてくれ。由良の服もこのワードローブの中にある」
「ありがとう。私も着替えた方がいい?」
「由良は夜着だからそのままで構わない。もし、真新しい物が良ければ着替えるといい」
「じゃあ、今日はこのままでいるね」
「分かった。では」

サガは部屋を出て行った。
私はベッドに潜り込んで、サガを待った。
もし、サガがこのまま再びいなくなってしまったら…と不安に駆られた時、サガは部屋に戻って来た。

「待たせて悪かった」

明かりを消すと、サガもシーツの間に潜り込み、少し離れた所から私をじっと見つめた。
私はそっと手を伸ばしてサガの頬に触れた。
サガは私の手に自分の手を重ねると、そっと目を閉じて、そして私の指先にキスをした。
月明かりの下、サガのその姿がとても美しくて儚くて、何だかとても切ない気持ちになった。

「ねえ、サガ。あの風邪の日みたいにギュッとして?」
「あの時も言ったと思うが、私は男だぞ?」
「恋人同士でもダメ?」
「それは…」
「あの時みたいに腕枕して欲しいな」

じっと、ねだるようにサガを見つめると、サガは仕方ないというように溜息を吐いて、私に近付いてそっと抱き寄せた。
忘れかけていた、サガの逞しい腕枕が心地よくて、私はサガの胸に頬をすり寄せた。

「サガ、愛してる」
「私もだ、由良。お前を愛している。ずっと会いたかった」

2人、互いに引き寄せられるようにキスをすると止まらなくなり、1年半の空白を埋めるように何度もキスを繰り返した。
やがて、サガの確かな存在に私はようやく安心して、穏やかな眠りに就いた。

今回は、あとどれくらい一緒にいられるの?
次に会えるのは、いつ?

そんな疑問も脳裏を掠めたけれど、目覚めたらサガがいる。
サガと初めて一日中過ごせる。
その幸せで胸がいっぱいだった。


2014.8.20 haruka



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