七夕 イゾウ


今日も今日とて、海は機嫌良く歌っている。荒れた波と、雨が叩く音。それから雷。風も加わって見事な四重奏だ。昼間なのに真っ暗で、食堂の窓から見えるのも水飛沫ばかり。海も見えない。

「…今日の夜は雨ですかねえ」
「あ?何かあんのか?」
「いえ、わたしはないんですけどね」

疑問符を浮かべた兄さんに、そりゃそうだよなあ、と勝手に納得する。たぶんルーカも知らない。別に空の星が逢い引きできようができまいが、大した興味もないけれども。そもそも此方の星は同じ配置なのかどうかさえ怪しい。

「…まあ、天気が気になんなら航海士にでも聞いてみたらどうだ?いきなりぱっと晴れるかもしれねェぞ」
「そうですねえ」

何となく上の空で、だって晴れても晴れなくてもわたしは関係ないんだもん。聞いといて申し訳ないけど。願い事を飾る笹もないし、いや、願うほど大層なこともないし。ふ、と思い出しちゃったから、ちょっと気になってるだけ。

「どうした?」
「おそようございます、隊長」
「へェ?減らねェのはどの口だ?」
「いや、だって。もう昼前ですよ」
「知るか」

ああ、ちょっと彦星っぽいかなあ。当たり前のように隣に座ったイゾウさんを眺めて、何となく。服装とか、ちょっと怠惰なところとか?ふふ、本人に言ったら怒られそうだけど。

「何笑ってんだ?」
「いいえ、何でも」
「さっきから変なんすよ。今日の夜は雨かっつって、でも別に何かあるわけじゃねェって」
「上手いこと抜けられたら晴れんだろ」
「そうなんですか」
「あ?晴れて欲しいんじゃねェのか?」
「…まあ、どちらかと言ったら晴れて欲しいですけど。わたしは関係ないんでわりとどっちでもいいです」
「へェ」

中途半端な回答に、中途半端な返事が返ってくる。他の兄さんも訝しげに眉を寄せて、でもその先を話すつもりはあんまりない。だって、…別にそんな夢想家じゃないし。

「おい、イゾウ!交代だ!」
「はいよ」
「あっ、タオル!フォッサさん待って!タオル用意してますってば!」
「イズル」
「はい!?」

机に積んでいたタオルを持って食堂から飛び出そうとしたところを、イゾウさんが呼び止めた。くしゃ、と頭を撫でられて首を竦める。何ぞや。どうした。

「晴れたら話聞かせてくれよ?」
「はい?…ああ、はい。いってらっしゃい」

別に、晴れなくても話していいけど。甲板へ向かう背中を見送って、反対へ向かって足を動かす。あれ、フォッサさんどこ行った。





見事に晴れた。それはもう、びっくりするくらい。昼間の時化などなかったかのような星空。別に誰がどうとかじゃないと思うけど、イゾウさん一体何をしたって気分。

「で?昼間のは何だったんだ?」
「…そんなに気になります?」
「そりゃあな」

時化を抜けたからと。そんな理由なんてあってもなくてもいいんだろうけど、賑わう甲板は既に宴もたけなわの有り様だ。これでまだまだ終わらないどころか、始まったばかりなんだから。

「…わたしの国に七夕っていう行事があるんですよ」

隣で杯を傾けるイゾウさんに促されるまま、つらつらっと話す。年に一度しか会えない織姫と彦星。率直な意見を述べるなら、そんなことになるまで溺れていた二人は相当に愚かだと思う。

「…で、その二人が会える日が今日なんですよ」
「ああ、だから晴れて欲しかったのか」
「別にそれほど乙女じゃないですよ。降ってほしくなるほど捻てもないですけど」
「そいつらが会えたところでおれたちには関係ねェからな」
「まあ、そういうことですね」

けらけら笑ったイゾウさんに何と言うこともなく同意する。と言うか、雨になったから会えないと限ったわけでもないんだ。白鳥座が橋渡しするとか、見られたくないだけだとか、どうにかして会うのだ。あの二人は。そもそも宇宙に雨は降らない。

「イズルだったらどうする?」
「はい?」
「好いた男と年に一度しか会えなくなったら」
「…わたしはそこまで馬鹿じゃないですよ」
「もしもの話だよ」

そこで自分の名前を出さない辺り、何と言うか、謙虚だ。それなりに、そこそこちゃんと好きなんだけど。

「…一年を短くしますかね」
「は?」
「だってほら、一年が三日になったら三日に一度は会えるわけでしょう。別に365日に一度って言われてるわけじゃないですから」
「…っ、ははっ、すげェな」
「…そんなに笑わなくても」

本格的に笑い出したイゾウさんに、何だ何だと兄さんたちが寄ってくる。一年に一度しか会えなくなったら。…誰とは言わないが、力ずくでどうにかしようとする兄の多いこと。泳いでいくとか、神様をぶっ飛ばすとか。元気で結構。大変よろしい。

「イゾウさんはどうします?」
「…、おれか?…そうだな」

未だ笑いの名残を残したまま、イゾウさんが思案する。妙な期待と、不安と、何だか変に落ち着かない。もしも、例えばの話なんだけど。

「イズルを連れて出ていく」
「はい?」
「何処のどいつとも知れない神に従ってやる義理はねェからな」

…それは、また。力ずくにしても何と言うか、ちょっと意外?だって、何か、逃げるのとか嫌いそうだし。

「意外か?」
「え?あ、はい。ちょっと」
「別に戦うだけが手段じゃねェだろ。つまんねェ場所にいるくらいなら出てった方がましだ」
「…そう、ですね」
「イズルは三日に一遍しか会いに来てくれねェって言うしなァ」
「えっ、いや、あの、それは、例え、と、言うか…」

しどろもどろの言い訳に、イゾウさんがゆっくり目を細める。この野郎、遊んだな。言い切るのを諦めてグラスを舐める。いっつもこれだ。掌の上だ。

「例えじゃなきゃどうなんだ?」
「…毎日顔合わせてるじゃないですか」

可愛げのない返答に、イゾウさんが酒瓶を差し出す。短冊はないけど、今年の願い事は決まった。もうちょっと口達者になりますように。




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