121


どうしてこうなった、というのは、わたしたちよりロハンさんに似合う言葉だろう。ごめんね。折角ついてきてくれたのにね。

「ロハン。追いつかれるぞ」
「頑張って」
「あんたら、ちょっと黙っててくれませんか!」

わたしとイゾウさんを、それぞれ両脇に抱えて、森の中を走り回る。熊みたいな何かだとか、猪みたいな何かだとか。何かいっぱい追いかけてくる。ひゅー。もてもて。

「取り敢えず森から出ろ。この匂い落とさねェとどうにもならねェ」
「出たいのは山々なんですけどね!」
「ここどの辺なんですか?」
「殆ど真ん中辺りだな。反対方向に走ってんだよ」
「そりゃ、真っ直ぐ走れりゃいいですけど!」
「ぐだぐだ言ってねェで何とかしな」

横暴。いやもう、ロハンさんに頼るしかないんだけど。頑張って。走れば走るほど、増えてる気はしないでもないけど。

「火拳!」

聞き覚えのある声と、炎が一気に森ごと焼いた。大丈夫?環境保護団体とかに文句言われない?食べるとこ残ってる?

「…、エース隊長、」
「お?ロハンか?」
「はい」

ロハンさんがわたしとイゾウさんを下ろす。すごいなあ。一気に蹴散らしたって感じ。あんだけ大きかった足音が、瞬く間に遠退いていく。いいなあ。

「そいつらは誰だ?」
「イズでーす」

着物の袖を振り上げて答える。首を傾げたのが答えだろう。地面に下ろされて目の前にしゃがんだかと思えば、乱暴に頭を撫でる。散々嗅いだ甘い匂いに、鼻と口を手で押さえた。これ以上縮むのはちょっと嫌。

「何か縮んだか?」
「縮みました」
「この甘い匂い何だ?」
「百年茸の胞子です」
「百年茸?マルコの言ってたやつか」

マルコさん?それは知らんけど。また動物寄ってきたりしない?寄ってきても大丈夫そうだけどさ。エースさんも縮むよ?

「てことは、そいつイゾウか」
「あ、はい」
「何か、可愛くなったな」
「あァ?」
「可愛いですよねえ。凄んでも可愛い」
「うるせェな…」

たぶん。たぶんだけど、わたしより小さいんだよね。わたしを庇ったせいなんだけど。いっつも見上げてばっかだから、目線が同じってだけで新鮮。なのに。

「あー、可愛い。意味わかんない」
「は?」
「小さいイゾウさんなんて想像したことなかったんですよねえ」
「イズ?」
「ちょっと見てください」

転ばないように気をつけて、イゾウさんの隣に立つ。ちょっとだけ。頭三分の一くらいだけ。イゾウさんが、上目に睨む。やばい。可愛い。

「すごくないですか?わたしの方がちょっと大きいんですよ!」
「気のせいだろ」
「気のせいでもいいんですけど!わたしの手がイゾウさんの頭に届くんですよ!」
「おい、イズル、」
「誉め言葉じゃないのはわかってるんですけど、他にどう形容したらいいかわかんないんです。わかります?」
「ああ、うん」
「可愛い。言葉って不便」

イゾウさんをぎゅ、と抱き締めれば、わたしの腕の中に収まってしまう。すごい。可愛い。造形が可愛いのもそうだけど。何かドーパミンが過剰分泌されてる気がする。

「…覚えてろよ」
「忘れませんよ?今なら写真に撮られてもいい」
「そうじゃねェよ」
「これって元に戻っちゃうんですか?」
「戻るに決まってんだろ」
「戻りたくねェのか?」
「いやもう、全然戻らなくていいです!ここから人生もっかい始めます」
「何年生きるつもりだよ」

だって、そしたらイゾウさんの成長過程を見られるじゃないですか。わたしは、大人になったイゾウさんしか知らないから。十代のイゾウさんとかも見てみたい。あんまり変わらなさそうだけど。



***

「…エースのやつ、何考えてんだ?」
「随分風通しが良くなったな」
「森のど真ん中に道作っちまって…下手したら船に当たるところだぞ」
「何か面白ェもんでも見つけたのかもな」
「だからって、これはねェよ」




prev / next

戻る