※作中、多数のグロテスク表現有り。苦手な方の閲覧を推奨しません。読んでからの苦情等は固くお断りさせて頂きます。









「おなかがすいた」
静かな書斎の中でペンをはしらせていたスザクは手を止めて、声のした方に振り向いた。つぶらな紫色の瞳を伏せてお腹をさする、スザクより随分と幼い子供の姿。
先程から、ちらりちらりと黒髪の隙間からスザクの様子を伺っている。スザクは薄く溜息をついて腰をあげ、そんな小さい彼と目線を合わせるようにしゃがみ込む。
「さっき食べたじゃないか」
言いながら、スザクが丸い頭を優しく撫でてやると、彼は猫のように目を細めた。
「でも、たりない」
言い終わると、小さな身体には似合わないほどの大きなお腹の音。まるで獣の咆哮のような音だった。

この子供の名前はルルーシュ。スザクが数年前に村外れの森から拾ってきた子供だった。まだ十くらいの幼い容姿だが、彼にはある秘密があった。秘密、という表現は正しくないのかもしれない。この子供にとっては習性というか常識というか、兎に角生きる為に必要な欲求が、スザクたち普通の人間と違っている。
ルルーシュは、ヒトを食べる種族の子供なのだ。遠い昔に廃れた因習だ。しかし一部の村では今だに人喰い概念が残留していると聞くが、こうして目の当たりにするのはスザクも初めてのことだった。森で血溜まりの中に倒れているルルーシュを見つけた時は眩暈がしたものだ。
血液独特の鉄っぽい臭いと、腐臭。そして血溜まりの中にはイキモノの肉片が散っていた。最初こそ、悪趣味な殺人鬼による仕業かと思っていたのだが、目を覚ましたルルーシュに突然後ろから腕を噛まれ、スザクは再び目を剥いたのだった。
「…なにをするんだ!」子供とは思えない程の強い歯に、腕を持っていかれないよう気をつけて引き剥がした。
「おなかがすいたんだ。おまえをたべる」
信じられないことだったが、スザクは一瞬で悟った。
ーーああ、あの血溜まりは、この小さな子供の仕業なのだ、と。
ただ食べる為に、生きる為にヒトを殺す。人喰いにあまり詳しくなかったスザクだが、このままでは村の皆が喰われてしまうのではないだろうかと思い、恐怖した。それと同時に、悲しくも思った。この子供は、世の中にヒト以外どんな食べ物があるかさえ知らないのだ。自分と同じ年頃の子供が何をして遊び、何をして過ごしているのかさえ。
この国の村という体制は、まだその土地土地に根付く昏き因子を孕んでいて、文明の明かりが届かない地方ではじっとりと冷たく、忌まわしい狂気と惨劇に満ちている。
村同士の確執は火種となり、争いを起こす。それはここ最近でもよく見られる事象だ。
いつの時代も、子供は大人の奴隷でしかない。スザクの父親も、聞き分けのない大人達の手によって迫害され、村に取り殺されるようにして死んだ、哀れな人間の一人だ。
歯を食いしばる。気付けばスザクはルルーシュの小さな手を取っていて、親代わりとなることを決意していた。

「すざく…おなかすいた…」
「仕方ないね。果物を切ろうか?」
首を横に振られる。
「じゃあ燻製とか…」
また首を振られる。スザクはルルーシュになるべくヒトを食べさせないよう、教育してきた。しかしまだ彼は子供なのだ。幼いうちに刻みつけられた強い欲求をいつまでも抑えておけるはずも無く、こうして限界は訪れる。
「…ふぇ…、おなかがすいたんだ、すざく…!すざくぅ…!」
ぼろぼろと大粒の涙が白いを伝って、落ちる。
こうなってしまえばもう手がつけられない。流石にスザクを食べようとすることはなくなったものの、限界に達したルルーシュは泣きながら猛獣のような犬歯を剥き出しにしてグルグルと唸っていた。
泣くことと威嚇の両方をやってのけるとは、器用な男だな、なんて的外れなことを考えながらもスザクは彼をある場所に連れて行くことを決めていた。
「…わかったよ、ルルーシュ。だから、泣かないで」
「ふぇ…ふぇっ…すざくっ…」
出来るだけ優しく投げかけた言葉だったが、スザクは息が詰まりそうな思いだった。

処刑場だ。
スザクがルルーシュを連れてここに訪れるのは初めてではない。大抵は反逆罪で処刑された囚人が仕舞われている場所だ。ルルーシュの我慢が限界に達した時、スザクはこうして村の長たちの目を盗んでルルーシュに死刑囚を食べさせてやっているのだ。
もう何度も犯している。罪を、犯している。しかし、本当になんの罪もない人達を殺すよりはマシだ。もう何度言い聞かせたか分からない。
ぐちゃり、ぐちゃり、ぐちゃり。
生々しい水音。血生臭い。冷たい床に広がっていく赤黒いシミと、鮮やかな胃液の上で、小さな子供が目の前の食事に夢中になっている。残酷な光景だった。しかしスザクは心を鬼にする。ルルーシュを殺すことなど、自分にはできない。自分達とは違うから、という理由で迫害してしまうことは、父親が村の大人にされたことと同じことだからだ。
この村の者はみな異常なのだ。
ぐちゃり。ぐちゃり。ぐちゃり。
死人を貪っていたルルーシュがこちらを振り返って、にんまりと嗤う。
「おいしかったよ、すざく。でも、こんどはいきたヒトをたべたいんだ」
口の周りを血塗れにして、子供ながらに無邪気に笑っている。彼が大きくなった時、この村はどうなっているのだろうか。もしかしたら、ルルーシュはこの村にとって最も異質で、脅威な存在なのかもしれない。もし、そうなのだとしたら…。
「…そうだね、男でいいかい?」
にんまりと嗤う。
この村の者はみな異常なのだ。
高揚するスザクの心の臓は、もう既にルルーシュに喰われてしまっているーそんな気がしてならないのだった。



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