馥郁たる花の香りが、うつらうつらと意識を沈ませようとする男の鼻腔を擽る。いつもは薬品の臭いを漂わせるばかりのこの部屋の空気も、今日ばかりは外から差し込む陽射しのせいか、悪い気はしない。むしろ心地よい程だった。
がらりと部屋の扉が開く音がして、遮っていた白いカーテンをも邪魔だと言わんばかりに開け放たれ、セーラー服姿の少女が姿を現した。
「やっぱりここにいたのか、ルルーシュ」
「C.C.…どうしてここに来たんだ、今日は」
卒業式だろう、と呆れながら言うと、少女ーC.C.は目を細めて嘲笑を浮かべた。卒業式は沢山の父兄や在校生、先生方に見守られる中、拍手喝采で厳粛な雰囲気のまま無事に終わりを告げたのだ。この男ールルーシュも先生だ。勿論卒業式を最初から最後まで見守った。沢山の生徒が、長いようで短いたった3年間しか体験出来ない『女子高生』というプレミアを終えることに、充足感に浸ったり今までの思い出たちが蘇ったり等して男子女子関係なく泣いていた。
しかしその涙の渦のなか、この女はいつもと変わらないツラっとした顔のまま退場していたことがルルーシュのなかでは印象的というか、やはり呆れを感じていた。「コーヒーが飲みたい。ビーカー使わせろ」自惚れかもしれないが、自分はかなりこの女生徒に懐かれているらしく、休み時間や放課後、夏休みにまでルルーシュの城とも言える化学準備室に足を運びに来るのだ。時々書類整理を手伝ってくれることもあるので文句の言いようも特にない。何度も繰り返してるうちに、いつのまにか自分も愛称らしい「C.C.」と呼んでいたことには今でも驚きだ。
なんて考えていると、C.C.が怪訝そうにルルーシュを見ながら呟いた。
「卒業する…らしい」
彼女らしくない歯切れの悪い物言いに、今度はルルーシュが眉を寄せる番だった。
「らしいってなんだ」「分からない」「したくないのか」「したくない」
つづいていた言い合いが、ふと此処で途切れてしまった。卒業したくないんだ、と告げるC.C.の表情は今までみたどの表情よりも女子高生、だった。
「……心配するな」
ルルーシュは立ちつくすC.C.の頬に手を伸ばして優しく触れた。
「俺には、お前だけだ」
「…シャーリー先生」
「馬鹿か、俺を信じろ」
強く睨みつけるとC.C.は口をつぐむ。
「お前しかいない。…そう言っただろう? 大学が無事に受かってたらまたここに来いよ。そうしたらまた俺が、ビーカーでココアを淹れてやるから」
初めて彼女がここに訪れた時も、ビーカーでココアを淹れてやったのだ。まぁ彼女がここに来た理由はあまり喜ばしいものではない。いわゆる補修というやつだ。いや、そんなことはどうでもいい。
この女は知らないのだ。優秀と呼ばれるに相応しいエリートの人生を思い切り狂わせるほどの強烈な出会いも。憂いも甘みも、教師という立場を危うくしてもお前を欲しいと思うこの感傷も。
早く大人になれと切実に願いのたうち回る心中も。
立ち上がって距離を詰める。白い首筋を食むように唇を寄せると、嬌声にも似た甘い吐息が彼女の口から漏れた。
「…ルルーシュ、せんせい」
「なんだ…今更だな」
彼女の名前を、本当の名前を囁くとずるいと言って身を捩らせる。とろりと、蜜のような涙が一筋伝っていた。扇情的な視線を交わらせて、浅い口付けを繰り返す。
「わたし、まだ、女子高生でいたいよ」


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※BGMは相対性理論の「地獄先生」
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