※アルトとシェリル恋人設定


窓の外は気が付けば茜色に染まりきっていた。自身が歩いている廊下も鮮やかな朱色の光に照らされていて、どこか物悲しくも、神秘的な雰囲気を感じさせた。いつもより存外遅くなってしまったなと息をつくも、愛用の携帯電話であるオオサンショウオさんで時間を確認する。
今日は、アイドルの仕事はお休みだった。『超時空アイドル』の二つ名を付けられた今をときめくランカ・リーにとって、今日この日はとても貴重なお休みなのだ。しかしお休みなのをいいことに、教師の雑務をついつい手伝うと名乗りでてしまい、友人のナナセには断った方がいいと何度も言われたが責任を放棄するわけにもいかないだろうとランカはしっかり雑務の手伝いをこなしたのだ。
はぁ、と疲労を帯びた溜息を漏らして、ランカは玄関へと向かうーーその途中だった。
椅子かなにかが硬い床にぶつかる大きな音が、いまランカが通り過ぎたばかりの教室から聞こえてきた。予想しなかった突然の出来事に、ランカは思わず肩を揺らす。気付くとここは航空科の教室前で、アルトやミシェル、ルカたちの教室だった。一瞬、アルトの姿を思い浮かべるが、今日は確か早々に先輩アイドルでもあるシェリルとデートをするらしく、二人で仲良く帰ったとナナセが口を尖らせていたことを思い出す。
では音の正体は?
ランカは幽霊の類ではなかろうかという恐怖思想が頭から離れず顔を青くするが、そんなことはありえない、と大袈裟に首を横に振ってその思想を無理矢理蹴散らした。意を決して、教室を覗く。なるべく静かに。悟られないように。
ーそして飛び込んできたのは、キスをしている男女の姿。夕焼け色に彩られたその光景は、映画やドラマのワンシーンを彷彿とさせる。端的に言えば、とてもきれいなものだった。
「ミシェル…くん…?」
思わず声が出てしまった。ランカのか細い声にいち早く気付いたのは男ーミハエル・ブラン。戸口に立って呆然と此方を見ているランカを捉えた彼は、即座に女から離れた。
「ランカ、ちゃん」
力のない声色がランカの全身を震わせる。ランカは早乙女アルトが好きだった。大好きだった。その存在に、溢れんばかりの幼い恋心を抱いていた。唯一の家族である兄とは別の意味で、確かに彼を愛していた。しかし彼はシェリルを選び、ランカの恋は呆気なく萎んで行った。叩きつけられるように感じる敗北。だがランカは自身の気持ちをアルトに伝えることは最後までしなかった。そのことを、ミハエルに問いかけられたことがある。その時のランカは曖昧に笑ってその場を誤魔化したが、言えない理由は問いかけた本人にあった。アルトがシェリルを選ぶ前から、とっくに気が付いていたこと。
ミハエルは自分と、アルト、そしてシェリルの全員と通じているということを。そして、ミハエルが最も応援しているのは相棒のアルトで、アルトにシェリルへの思いを自覚させたのもミハエル。詰まるところこの男はランカにとって最大の恋の障害だったのだ。
ー貴方のせいで私はアルトくんのそばにいられなくなってしまった。
都合のいい思考回路。都合のいい責任転嫁。向き合うことから逃げ、気持ちを伝えなかったのは自分なのに。ランカはもう、こう考えることでしか自分を保てなくなっていた。
途端に、黒い炎を宿した自分が顔を出す。息をしようとする度、喉がじりじりと焦げ付くようにあつくなる。ランカはこの感覚を知っている。何度も経験したあの感情だ。
鉛のような空気を引き裂くように、女が色素の薄い髪をぎこちなく弄びながらランカを見据えていった。
「一回だけキスしてって私が頼んだだけだから。ミハエルくんって優しいし? 別に付き合ってるわけじゃないから、変な噂流さないでね」
勘違いしないで、と厚化粧の女のが一気にまくし立てて逃げるようにランカの横をすり抜けて去って行く。ランカは何も言わなかった。

後にはランカとミハエル、そしてぎこちない雰囲気だけが残る。
「…ランカちゃん、これは」「頼んだら、してくれるの?」
「ーーえ?」
「キス。ミシェルくんは、頼まれたらどんな女の人が相手でもキスをするの?」
有無を言わせない、強い口調だった。初めて見るランカの一面に、ミハエルはらしくもなく動揺をみせる。
沈み込んでいこうとする夕日がよりいっそう教室に影を落とす。薄闇の数メートル先で、ランカの瞳が獲物を逃がさまいとする蛇の様にぎらついた色に変えた。
「じゃあ私にも、して」
静かな声だった。ミハエルはそこから一歩も動き出すことが出来ずにいた。ゆったりと、まだあどけない少女の風貌をした女が近づいて来る。身体が、瞳が、唇が。鼻を掠める先程の女とは違う純粋な香りに、ミハエルは目の前の女がランカなのだということを理解した。
ミハエルは心中で、彼女の兄であり上司である男に謝罪をする。しかしこの行為は罪なのだろうか。先程の女にも同じようにせがまれ、強請られるがままに口付けをした。襲われたことのない感覚に戸惑ってしまう自分が急にとても悔しくなって、目の前の女に出来るだけ優しい口づけを落としてやった。
「んっ…」「………はっ、」
嬌声だけが口から漏れた。
初めて味わう彼女の唇は甘くて、離したくないと思わせた。それを誤魔化すように、ミハエルは罪悪感に胸を痛めながらもランカの唇を追い掛けるように何度も口付けていた。酸素が足りなくなって唇を離した時、お互いどんな表情をするのだろうか。
ーああもう、意味が分からない。


130220


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