※マフィアパロ



「この命尽きるまでこの身捧げますよ、ボス」

そう言って瞳の奥に覚悟の焔を静かに宿らせた、この世界に片足を突っ込んだばかりの若造は、いつの間にか俺の右腕と呼ぶに相応しい男に成長していた。当初から身体能力だけは高く、腕っぷしもベテランマフィアの者共に負けなかったのだが、今ではボスである俺と共に組織の内部管理までこなすようになった。
いつの間にか。本当に、いつからだったのか。いつからこんなに出来る男になったのであろうか。不思議だ。人というのはこんなにも自然に立派になっていくのだなと、何故か父親にも似た心情が顔を出すので急に自分が老け込んだように感じ、そっと溜め息を吐き出す。
するとそれが聞こえていたのか、敵対関係であるマフィアの書類を見ていた問題の男が顔をあげる。
「どうかされましたか、ボス」
「…いや、なにもない」
「お疲れですか? お茶でも…」
「いや、いい」
彼は腑に落ちない様子で眉根を寄せていたが、俺はその様に気付かないフリをし続けた。そのうち二人だけのこの空気が耐えられなくなり、今度の夜会にはお前も来いよスザク、とだけ言って足早に部屋を出た。返事など聞かない。聞くまでもない。

「紫…」
「変ですかね」
「そんなことはないが」
夜会の日、スザクはいつもの黒スーツではあったが何故かネクタイが紫だった。
いつもは赤やオレンジなどの暖色系ばかりを着けていたのですっかりイメージが固まってしまっていたらしい。なんとも形容しがたい違和感を憶える。しかしそんな些細なことを気にしていられない。時間も押している。会場に向かわなくては。「ボス」黒塗りの外車に乗り込む際、スザクがふと俺の腕を引く。
俺が気怠げに振り向くと、そこにはニヒルな笑みを浮かべたマフィアがいた。
(早く気付いて下さいね)
息の多い声でそっと囁いたあと、ちゅっとリップ音を鳴らせて例のネクタイに口付けた。その表情は酷く扇情的で、稀有なものを見たと思った。
これからの予定やら交渉やらに巡らせていた思考は完全にシャットダウン。
熱っぽい目で俺を見下ろしている。他の景色の一切も映そうとせず、ただ俺だけを真っ直ぐに捉えている。とても居心地の良いものではなかった。なのに、嫌悪感はない。あるのは心の臓が掴まれたような濁った感覚だけ。
この男は強情だから、頭である俺に私情を伝えるような真似はしないだろう。だからといって下手な猿芝居をうつこともしない。薄々勘付いていたさ。スザクが俺を慕っていることくらい。
狡くて、嘘つきな、マフィアそのもの。
なんて奴だ。絆されるのは時間の問題かもしれない。彼は強情故に従属心の強い男でもあるから、俺が望めばいつでも手に入るのだ。ーーなにが、なんて、言うわけないだろう。絆されてどうする。俺はマフィアの頭だ。狡くて、嘘つき。滑稽だ。もうとっくの昔に絆されているというのに。
しかし俺は部下の忠誠心とその裏にある恋情をも利用する本物の悪党。
(悪いな、気付いてやれなくて)
愛なんてこの世界じゃ汚泥に等しいさ。


130207


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