平べったく広がった白い雲から、綿ぼこりのような雪が降り注ぐ。 空に向かって伸びる巨大マストの一つに備え付けられた見張り台から「島だ!」と叫び声が聞こえて、船のクルー全員が歓声を上げた。 徐々に距離が狭まる、白く染まった港町。それを前にして、まるで落ち着きのない子供のようにソワソワと、クルー達は興奮しながら話し合っていた。 漏れ聞こえた会話は大概が、やれ酒が飲めるやれ女が抱ける、そんな事ばかりで、わたしが入れるような話の内容ではなかった。 かといってわたしも別の目的で上陸を心待ちにしていたので、皆と楽しむ予定の内容が食い違っていてもなんやかんやで島が見えたことは嬉しかったりする。 口元に笑みを浮べながら、フフーンとご機嫌に鼻歌を歌い後ろを通りすぎていったキャスケット。 ここからでも見える街全体は強固な石の壁を基調に作られていて、どこかヨーロッピアンのような雰囲気を思わせた。 支給された黒いブーツのつま先をトントン鳴らして、皆が次々に船から降りていくのを、甲板の手すりに頬杖付いて眺めていた。 さすが海の男達。事も無げにロープを使ってスルスル降りていく。 わたしも降りていいのかな……? あ、でもお金とか、全然ないや。 黄色いパーカーのローさんとペンギンさんが下に居るのを見つけて、とりあえず様子を見守った。 一言二言の言葉を交わしたローさんは、ペンギンさんと別れてフラフラ歩き出し始める。 ……あれぇぇええ? わたしに関する全ての権限はローさんが持っているわけだから、せめて、…………何かないの? ローさんは何か急用があって、一先ずどこかに出掛けたに違いない。 そのまま放置して自分だけ遊びに行くとか、流石にそこまでするような人じゃないと信じてる。 だってローさんは船長さんで、わたしの飼い主さんで、その上責任全部持つとか言った、はず。 けど、いくら待っても帰って来なかった(Why?)。 30分くらいずっと甲板から動かなかったけれどローさんは帰ってこなくて、不審に思ったわたしは船に残っていたクルーに聞いてみた。 どうやら彼らは今回、船番係りらしい。 「ん? 船長か? 船長ならとっくに酒屋に、…………アレ? ナマエ、てめえ何でまだ船にいんだ?」 「…………。さあ。何ででしょうね」 ……あの外科医野郎め。 「あ、あーでもホラ! 明日! 明日は街を案内してくれるかもしれねえぞ……!」 「や、もういいっすよ。期待とかしてないんで。そもそも船長さんがそこまで面倒見てくれるはずなかったんです。わたし勝手に行きますから、ちょっとおじさん、お金貸して下さい」 最近多くのクルーとも話すようになってきて、段々打ち解けてきている。 この目の前のおじさんも、故郷には妻とわたしと同じくらいの歳の娘がいるらしく、わたしを何かと可愛がってくれるのだ。 だからお小遣い程度なら、貸してくれるかもしれない。そう見込んで頼むとおじさんは困ったような顔をした。 「金貸すのは構わねえが、嬢ちゃん一人歩かせるのもなァ」 「そうそう、何かあったら洒落んなんねーし」 「迷子にはならないよ」 「嬢ちゃんを信用してねえわけじゃねえさ、なあ?」 「ああ。ナマエがもし悪い奴らに絡まれちまったらどうする? って心配を、おれ達はしてるんだよ」 二人のおじさん相手に説得を試みるも上手くいかない。 それよりも話はどんどん拗れてきてる。 「……治安良くないの?」 「いや普通」 「なら、」 「でもよぅ、万が一ってこともあるし。銃だってまだ教わってる途中で、碌に扱えねえんだろ?」 「船長の許可が出ねえと、駄目だ」 「でもそのスットコドイ船長、わたしを忘れてさっさと自分だけ遊びに行っちゃったようですけどねえ」 「…………。ナマエ、今日はおれ達と船の見張りってことでいいじゃあねえか。そうだ、しりとりでもするかー?」 「いいなあソレ。じゃあおれからだ。ゴールド・ロジャー、ほい嬢ちゃん、次」 「……「や」ですか、「あ」ですか」 「「や」だ「や」」 何とかわたしの気分を盛り上げようとおじさん二人が強引にしりとりを始めた。 内心不満は晴れないものの、せっかく気遣ってくれたのだからとわたしは溜息を付いてその場に座り込む。 残り少ないラム酒片手に雪見酒をする見張り番のクルーとしりとりしたり談笑したり、時には船に積もった雪下ろしを手伝いながら、その日は暮れていった。 ローさんが帰ってきたのは深夜だった。時計の針が船長室の扉が開いて、コツコツとヒールの音が響く。 サイドテーブルにある小さなランプに火が灯され、ほんの少しだけ部屋が明るくなった。時計もうっすらと見えて、針は午前2時を指していた。 ソファで膝を丸めて座り、ジッと恨みがましい視線を長々数十秒ほど向けると、ローさんはやっと気づいたようである。少なくとも、彼の表情が「やべェ」と言いたげに強張った。 「まだ起きてたのか」 「今日はこれといって動いてなかったから、眠くならなくて。一人で窓から見える島を眺めた。楽しかった。それなりに」 「……。完璧お前を忘れてた」 「でしょうね」 「だが今までずっと忘れてたわけじゃねえ」 「へえ」 「夕刻あたりには、思い出してた。悪ィと思ってる」 「それはどうも」 「嘘じゃねえよ」 ズズイと顔を近づけられて、何もいえなくなる。 けれどもお酒臭い息が当たって、わたしは思いきし他所を向いた。 ローさんはローさんで色々と楽しんできたのでしょうがね、わたしはせめて着替える分の服とか下着とかを買っておきたかったんですよ。 その買い物にまで引っ張りまわそうとは思わないけど、街へ行く許可をくれたりだとか、そういう一言を残してから遊びに出ても、いいんじゃないの。 そうすればわたしだって一日中船で時間を無駄に潰すこと、なかったのに。 いくらなんでも忘れてた、だなんて酷すぎる。 文句を心中一杯に溢れ返させていると、ローさんが「そうだ」と思い出したように声を上げた。 「詫びと言ってはなんだが、土産を買ってきた」 「……お土産?」 「ああ」 やけに自信満々に頷くローさん。 「メインストリートの店のウィンドウに飾ってあったんだ。それを見て閃いた」 「……ふーん……?」 ちょっと待ってろと言い残して、ローさんが意気揚々と部屋から出て行く。暫く待っていると、すぐにまた戻ってきた。その手には真っ白い毛皮のような物を持っている。一瞬、ベポの毛をごっそり抜き取ってきたのかと疑った。 だがしかし、よく見るとそれは帽子だった。 ロシアの帽子みたいな形で、耳までを覆うハネがあるタイプ。ハネの部分は首の付け根まで長くて、さきっちょにはボンボンが付いてる。……そして何よりどこもかしこも、白のモッフモッフ。 さらにはピンと尖った獣の耳まで付いてる。 フフ、と一人不気味に笑ったローさんは、それを問答無用でわたしの頭に被せた。 「…………」 「よし、いい感じだ。たれ耳じゃねえのが残念だが、これはこれで犬っぽい。……せっかくだ、ワンの一つでも鳴いてみろ。じゃねえと明日また船に置いてけぼりにするぞ。上手に出来たら、街に連れてってやる。おら、鳴けよ」 「……。ワンワン(地獄におちろ変態め!)」 序に歯を剥いてギリッと歯軋りし、抗議の念を表現した。わたしができる、精一杯の範囲だ。 ローさんはそれを他人の疝気とばかりに受け流し、「その帽子はいつでも被っとけ」と釘を刺した。 日は昇り、空では太陽が燦燦と輝く。 到る所に積もる雪が光に反射して、とても眩しいくらい。 やっと買い物に出れると元気一杯に活動を始めようとした所、どうやらローさんは昨夜の飲み過ぎで、何度街に行きたいと揺り起こしても、「もうちょっと寝る」と言って聞かない。 この調子に合わせていたらまた一日を船で過ごすことになりかねないと危機を感じたわたしは、ペンギンさんに泣きついた。 ペンギンさんは哀れみを込めた瞳でわたしを見ながら頷き、船長室に入っていく。数分後には数枚のお札を持って戻ってきた。 「ナマエ、街に行って来ていいぞ。船長はああだし、不安ならベポを連れて行けばいい。ベポはもう色んな店も知ってるはずだ。金は遠慮しないでどんどん使え。船長のだから」 そう言って大量の一万ベリー札を小銭入れに入れて渡してくれる。 わたしは感動の涙で目を潤ませながら何度もお礼を言った。 ペンギンさん、いや師匠……! これからは、銃の特訓以外でも師匠と呼ばせて下さい! 「楽しんでこいよ」と送り出してくれたペンギン師匠に手を振って、わたしはベポと手を繋ぎながら船を後にした。 街に向かう途中、ベポにわたしが被っている帽子のことを質問されて、昨日あったことを話す。 「へえ、キャプテンが。良かったね」 「でもさあ、何で帽子なんだろ? お土産としてはちょっと変わってるよね」 「んー、それはさ、ほら。帽子を被ってる率が、高いからじゃないかな? 別に決まりごととかじゃないけど、そういう傾向、みたいなもの? があるし」 首を傾げて何気なくベポが言ったその言葉に、わたしはそう言えば、と気が付いた。 ローさんを始めキャスもペンギン師匠もそれぞれに個性ある帽子を被っている。 知らず知らずと顔がニヤけてしまった。 ……何だか、この存在がハートの海賊団に認めてくれているようで、わたしはローさんに貰った帽子をぎゅっと被りなおした。耳まですっぽり覆うフワフワのその帽子は、吹き付ける寒風をシャットアウトしてくれる。 マニアックな耳が付いているのがどうも恥ずかしいから、街に付いたら脱いでしまおうかと思ってたけど。その考えは急激に萎んで消えていった。 とある海賊団の×印 (……仲間と呼んでくれますか?) |