ラウンジには集まった幹部メンバーが顔を揃えていた。
ペンギンさんやキャスがソファに座る船長さんの前に立っていて、どこか緊迫した空気にベポが居心地悪そうにモゾモゾ動く。
わたしは一歩離れた場所のソファに縮こまって座りながら、ヒヤヒヤしていた。

いつになく真面目な顔をしているメンバー。
これからどんな話し合いが行われるのかまず予想が付かなかったし、わたしがこの場に呼ばれた理由もわからない。
いや、もしかすると、呼ばれたということは議題もわたし絡みということなのだろうか。
そう考えれば、思い当たる節はあった。


ローさんを見つめたペンギンさんが一同を代表し、控えめに、だけどしっかりとした口調で、口火を切った。



「船長」

「何だ」

「ナマエに護身の術だけでも、教えたらどうですか」

「……必要ねえよ」

「今後今回みたいなことになったらどうするんです」

「……。おれがコイツの全責任を持つと言っただろう」


トラファ、ローさんが、コイツと、顎で指してきたのにギクリとして、肩を揺らした。

ああ、やはりわたしが原因なのか。
霧が晴れるようにこれから行われる話し合いの全体図が見えてきて。居た堪れなく、なる。



「じゃあこれからも戦闘が起きるたびにナマエを引っ張り回すんですか?」

「目が届かん範囲に居られるよりはマシだ」

「……そりゃ、アンタは強いからいいでしょうよ。だけどナマエは普通の女なんです。今日は小競り合いだったからいいにしろ、これからもっと酷い惨状になることも、あるかもしれない。今以上に恐い思いをさせてしまう上、庇う側も庇われる側も負担になります」

「…………。」


嗜めるようなペンギンさんの声。そこから、わたしを責めてるわけではなく、ただ身を案じての提案だということが伺えた。
その気遣いが余計に居た堪れない。海賊という職業上、危険なことと常に鉢合わせ状態の彼らにとっては、いくらローさんが強くても、背中にお荷物虫が引っ付いてちゃあ限界だってあるに違いない。
何もできないわたしはお荷物なんだとホトホト痛感させられる。

答えを待つ沈黙の中、ローさんが前かがみになり、膝に腕を立てて指を組む。
そこに顎を置いて、フムと小さく息を付いた。



「…………だがコイツは愛玩用だ」



戦闘用じゃねえとブツブツ呟くローさん。
わたしは愕然とし、思わず声を上げた。


「え……、えー?」

「言うなればチワワだ」



抗議を込めた「えー?」は聞き流され、ローさんが続けた言葉にキャスが訂正を入れる。


「でもチワワほどナマエはか弱くないっスよ。生意気だし口悪いし、それほどチビでもねえし足短いし。ダックスフントあたりでいいんじゃないですか?」

「名案だ。ナマエ、ちゃんと聞いてたか?お前の種類はこれからダックスフントに決定した。良かったな」



…………。


良くねえよ。



ねえ、あんたらちょっと一発殴っていいかな。わたし分類学上、人間なんですけどね。そこら辺、認識できてる?
眼球腐ってんじゃないの。

短足とか言われても、これはツナギを着てるからそう見えちゃうんであって……!
実際足が短いんじゃないやい!


逸れておかしな方向に流れていく話題に、ペンギンさんは一人ハアとため息を付いた。



「どんな小型犬だって、牙を剥く事ぐらいできますよ。何も戦えと言ってるんじゃない。必要最低限に身を守ることが自分で出来なきゃ、この先の海において死ぬだけです。船長だって、……そのくらい分かってるでしょう」

「まあ、正論だな」



ローさんが頷くがそんなのわたしはどうでもいい。
ペンギンさんまでわたしを犬扱いし始めたことに、大きなショックを受けていた。

あんぐり口を開けると、ちらりとこっちを見たペンギンさんが小声で「すまん」と謝ってきた。
ペンギンさんにそうされると何だか許しちゃえるから不思議だ。



「でもナマエ、剣とか刀とか、持ったことある?」


おずおずと、ベポがつぶらな瞳で見つめてくる。
心中では可愛さに悶えながら、首を横に振った。


「ベポ……、わたしのこの手が、そんな重いものを振り回したことのあるように見える?」

「ううん、見えない」

「でしょ」


振ったことのあるものなんて、精々野球のバッドくらいだ。
それを聞いたキャスは腕を組んで「んー、」と唸った。


「なら銃は? それなら、少し練習すればお前にも持てるんじゃねえの?」

「……、玉、ビービー弾?」

「んなわけねえだろ」

「難しい?」

「コツさえ覚えちまえばなんとかなるって」

「……、」



銃、とか。鉄砲とか大砲とか。この世界に来てから、よく目にするようになったけど。わたしに、扱えるのかな。

皆大体にして腰に武器とか装着してるし、……刀は無理でも、銃の一つや二つできなくちゃ、海賊船にいる資格などないのかも。



「わ、たし、やってみる」


何だか段々、できるようにならなくちゃいけない、そんな気がしてきた。
ペンギンさんの言うとおり、ローさんの背中に隠れてるだけじゃ、きっと駄目だ。


「いいのか? 後になっても泣き言は聞かねえぞ」

「ローさん達の戦いの邪魔に、なりたくない。泣き言なんて言わないよ。もっとちゃんと隠れるし、もしいざとなったら、自分の身は自分で守る」

「……、勝手にしろ」



ローさんは立ち上がって、ラウンジを出て行く。




「……わ、たし、間違ったこと言っちゃった…?」

「いや、ナマエは間違ってない。あれは船長の単なる我侭だ。必死にちょこちょこと後を追ってくる、そんなナマエの様子が船長にとって楽しかったんだろう」

「……こっちは命懸けだったのに……!」

「あの人は時折、性格が子供のような所があるんだ」

「それは知ってる」

「でもキャプテンはナマエのこと気に入ってるよ?」

「ベポ、それはだね。奴がわたしを完っ璧にペット扱いしてるだけのことだよコンチクショウ!」



今なら、あの宿で言われた言葉の意味が分かる気がする。
かわれるイコール飼われる、って意味だったのね。

……ローさんの常識とか、もう人として色々危ない。





船長室に行くと、先にラウンジを出て行ったローさんがわたしの寝床であるはずのソファを占領していた。
何食わぬ表情で本を読んでるローさん。そんな彼に声を掛ける勇気がなく、どうしよう、と迷って、扉の前で足踏みする。
そもそもソファは元は彼のものだから、わたしがどうこう言えるわけがない。それに、さっきの微妙なやり取りがわたしの中で後ろ髪を引いていた。

違う場所で寝ようかな、とか、最悪ラウンジで寝ちゃおうかな、とか、そんなことを思索しながら引き返そうと、ドアノブを握る。
すると「いつまでそうしてる」と呼び止められた。
振り向けば相変わらず分厚い医学書の1ページに目を落とすローさん。
この部屋にはわたしとローさんしかいないのだから、今呼び止められたのもわたしで間違いないんだろう。


呼ばれた以上、仕方なくソファに近寄った。
だが、それ以上うんともすんとも言わないローさん。
結局わたしはどうすればいいのか。彼の数歩手前で、立ち止まる。

そんなわたしに、ローさんはやっと顔を上げた。
不審そうに眉根を寄せている。



「………寝るんだろう?」

「そうしたいのは山々なんですがね」


あなたがいるからソファが使えないんです。



「来い」

「どこに」

「ここに」


ポンポンと自身の隣を叩いて示すローさんに、今度はわたしが眉根を寄せた。
どうやら座っていいらしい。だからと言って場所を譲ってくれるわけでもなさそうだ。


「……やだ」

「おれに反抗するな」

「…………。」


一体どういった目論見があってこんなこと言ってるのか、さっぱり解せない。
警戒しつつ、渋々、隣に腰掛ける。
大人しく従ったわたしに気を良くしたらしいローさんが目を細めて、満足そうに笑った。




翅ひらく
(殻を、破れ)

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