出会いなんて、そう呼べるほど大層なものではなかった。ただ単にクラス変えをしたから知り合って、話すようになって、時には強引に屋上へと連れ去られ、そのまま授業をさぼたーじゅ。

だからといって友とよべる程親しい間柄ではなかった気がする。
そのときはただ教室という同じ空間を共有しているだけであって、あまりにも彼の事をしらなかったから。





幸村は教室の後方で繰り広げられる喧騒へ目を向けた。入り口付近で女子に呼ばれているのは、クラスメートの伊達の姿。他にも、野次馬多数(やはり女子が多いような感じがするのは、気のせいか)


「ありゃりゃまた竜の旦那、女の子からお呼びだしくらってるぜ。モテモテだわ、ほーんと」


佐助に話しかけられるも、視線を外すことはできなくて。
曖昧に返事を返した。


「……そう、でござるな」

「女子も懲りないよねぇ。俺様が女だったら、あんな彼氏は即却下ー」


佐助の言うことももっともだった。
なぜなら伊達は誰かと付き合って長く持ったためしがない。それでも絶大な人気を誇る彼は、別れたと思えば次の日にはまた違う女を、とっかえひっかえ。

それを見た男子らは影で「あいつ、いつか絶対刺されるぜ」なんて囁く始末。
あまりに的を射すぎて笑えない。



「お、なんかいい雰囲気」

その言葉に、一気に現実へと引き戻される。

目に映る光景は。


口元に笑みを浮かべた伊達が、手を伸ばし。

女の子の頬をさらりと撫でる。



……いつだって。

誰にだって。

貴殿はそうだ。



「…………はれんち」

「……旦那?今何か言った?」

「いや何も。気にするな、佐助」









「Hey、真田幸村っ!やっぱりここにいやがったか」

「伊達殿……」

「元気ねえな、アンタらしくねえ」


時は放課後。

突如屋上にあらわれて、ケラケラと上機嫌に笑う伊達のテンションについていけず幸村はただ「余計なお世話でござる」と呟く。


「アンタひとりか?猿飛はどーしたよ」


伊達はそう言って壁に寄りかかるように幸村の隣に座る。


「佐助は委員会で……、某は、それが終わるのを待っているのだ」

「……待ってるねぇ。この寒空のしたでか?物好きな野郎だぜ。………仕方ねぇ、俺が直々に暖かさをわけてやるよ。ほら手ぇ出しな」



ほらまた。
そうやって貴殿は、



「………むしろ伊達殿の手のほうが冷たいでござる」

「ahー、やっぱ子供体温の奴にはかなわねえか」



繋いだ右手からは冷たさしか伝わってこなくて、少しでも、己の体温が移ればいいと。
ぎゅっと絡めた指を握り締める。



「ずいぶんと積極的だな」

「そんなことは、」

「昔はちっとばかし触れたぐれえで破廉恥破廉恥騒いでたっていうのによ」

「伊達殿がいけないのでござろう」

「ケツ触っただけじゃねえか」

「立派なせくしゃるはらすめんとでござる」

「……んな言葉誰に教わった」

「佐助に」

「あの野郎……。まぁ、最初の頃よりは進歩したぜ、アンタ。こうして手も繋げるようになったんだ」



はじめて貴殿とたくさん話しをしたのも。
はじめて貴殿とふれあったのも。

はじめて貴殿と、


「Kissしたのも、ここだったな」

「……! あれは伊達殿がっ!!」

「たかがFrenckissだろ」

恋仲でもなく、ましてや友としてもあやしいのに。


そういえば、屋上以外でそなたと話すことはほとんどなくて。
いつも何処か、距離があった。



―─ 知っていた。

伊達殿が、付き合ってもいない女子と関係を、持っていることぐらい。


―─ 知っていた。

俺以外の子とも、口付けをかわすことを。
     

──… 承知、していた。    



そんな人と、某は。
そんな人に、某は、こんなにも。



……あなたはずるい。



「お付き合いなさるのか」


今まで、聞けなかった。
聞いてしまえば、何かが壊れてしまいそうで、何かが変わってしまいそうで恐かった。
だけど気づいたときには口にしていて。
一度溢れた衝動は、そう簡単には止まらなかった。


「……What?」

「今朝の、女子(おなご)と、お付き合いなさるのでござるか」

「…………アンタはどうしてほしい」


ほら。
あなたは卑怯だ。



「そんな……、の、某が決めること、ではっ……、」


ない、と。
続かなかった。


唇にあたたかいものが触れて、言葉が途切れる。



そして掠めさるように頬、額、瞼に、くすぐったいようなもどかしさを残していく。

そっと離れていく熱が、頼りなげに震えた、ような気がした。



「真田、」

「………っ」

「アンタが嫌だって言うんなら、俺は、」




言葉を遮るように、どこからか微かに聞こえる震動音。
伊達は口を噤み、自分のポケットを弄る。

とりだした携帯を開き画面に目を走らせ、次いで幸村を見つめた。


「…………、」


何か伝えようとするも、その言葉は声になるまえに掻き消えて、かわりに突き刺すように冷たい風が吹きぬける。


「じゃあ……、また、な」


そうして、伊達は立ち上がりドアノブに手を掛ける。
しかし開けようとした瞬間ドアは開き、一人の女の子が顔を覗かせた。


「あ、政宗くん! こんなとこにいたの? 探したんだよ、早く帰ろ!」

「………あぁ。悪ぃな」


今朝クラスに来た子と。

伊達は去っていく。

むだに重い、錆ついたドアが閉まる際にほんの少し、伊達がこちらを振り返った。


向けられた視線は焦がすように熱くて。


そのたった一瞬が。   

こんなにも。


こんなにも心を乱していくなんて、あなたはご存知ないのでしょうな。



寒さが身にじわじわと染みこんで、ツンと鼻が痛くなった。




「…………伊達、……殿は、ずる、いでござ、る」




(こうして散々翻弄していくのだから)

貴殿はどこまで本気なのか、

(それがまったく読めなくて、)(どうすべきなのかわからなくなる)


2008.1.25



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