遭遇 夜のとばりの下りる頃、まだ空が青みを帯びていた時間。 ───ズドン!───鈍く重い音が響いたのは、本当に突然のことだった。 床から壁、天井へと、衝撃が波打っていく。 夕食の準備をするところだったアスカは、びくりと身をすくませ、短い悲鳴を上げた。 (な、ななななに……!?) 家中の空気がビリビリと揺れている。 ガラスの戸に細粒の降り注ぐ音は、ほどなくして止んだ。 地震ではない。何か庭に落ちたのだ。…………もしや隕石? ともかく確かめなければ。 固唾を呑み、意を決して、アスカはそっとキッチンを離れた。 爆走する心臓を両手で守る。 慎重な足取りで一歩、また一歩と歩み寄り、ベランダの前に立つ。 ひとつ深く息を吐き、そして勢いよく、ペールブルーのカーテンを開け放った。 ──果たして、悲惨なことになっている庭が視界に飛び込んできた。 そういえば、最近芝生をきれいに刈ったばかりだったのに。父が。 抉れて土煙の立つ、庭の真ん中辺り。 ガラス越しに、家の明かりをほのかに照り返す白くつややかな"それ"と視線がかち合う。 しばし呆けた顔で、互いに目をぱちくりさせた。 ーーーー 「どう? ちゃんと充電できてる?」 「異常はありません。エネルギー補給完了まで、残り60パーセントです」 その応答に、さすが最新型は違うなあ、と感嘆する。 ある意味隕石よりすごい。 庭に落ちてきた物体は、なんとロボットだった。 あまりの出来事に理解が追いつかなかったものの、彼が──性別の有無はともかく──抑揚のない声音で"エネルギーが不足しています"と告げたので、慌てて家の中へと担ぎ込んだのだ。 そして今、リビングの端っこでコードを繋ぎ、ロボットは充電している。 自宅はすでにいつも通りの穏やかさを取り戻していた。 が、超最新型ロボットがいるというのは、些か奇妙な感じで。 その姿はどことなくクリオネと似ている。 目元の真っ黒な液晶はアイセンサーなのだろう、そこに映る黄色い目は、時折閉じたり、まばたきをしたりして。 背中でたたまれた二対の薄い翅が、いっそう妖精じみていた。 「あ、いけない…」 ふと思い立って、アスカはキッチンへ向かった。 さほど掛からずに、ぱたぱたと戻ってくると。 「……?」 両腕を伸ばしてくる彼女に、ロボットが首をかしげた。アスカはその挙動にはたと動きを止めたあと、クスッと笑って、「ごめん、ちょっと触るね」と断りを入れた。 庭に半身めり込んでいた彼。リビングに上げるとき、土の塊は払い落としたが、まだ薄汚れたままだった。 水を固く絞ったタオルで丁寧に拭いてやれば、美しい白さを取り戻していく。 一文字に目を細めているのは、心地良いからなのだろうか。 戸惑いはいつの間にかほとんど凪いでいたが、気になることも出てきた。 持ち主は誰なのか。 日本製か、外国製か。 足のパーツはなく、翅も使わないのに、浮遊移動している。 派手に墜落した割りには、目立った傷もない。 そもそも、なぜ─── 「───あのう!」 「…………あっ、は、はいっ?」 張り上げられた声音に、アスカはやや焦りながら返答した。 「ずっとボクを見ていましたが、何かご用がおありでしょうか」 そんなアスカと対照的に、沈着冷静な声で問うてくる。 「え? ご用…………、い、や、なんでもない、よ」 しどろもどろの上、尻すぼみする言葉。 ロボットは淡白に「そうですか」と言うだけだったが、アスカのほうは赤面して、視線を床に落とした。 考え事に夢中になっていた所為と言えど、まさか"見つめる"だけでも、呼び掛けとして認識されるとは思わなかったからだ。 (気を付けなきゃ……) 降りた沈黙に若干のむず痒さを感じる。 すると、さほど間を空けずにロボットが告げた。 「エネルギー補給が完了しました」 アスカは顔を上げて、充電コードを外してやった。 すると彼は、動作確認のためか手を握ったり開いたり、くるりと回ってみたりしていた。 それを見て、アスカは静かに微笑む。一挙一動がかわいらしい。 「不具合はない?……って、聞いたとこで直せないけど」 自嘲気味に続けた言葉を、しかしロボットは気に留めなかった。 「異常ありません。動作はすべて正常です」 「そっか、良かった」 「ただ、エネルギー補給は不完全です。活動中のエネルギー減少はやや早くなると予想されます」 「…そう…」 それを聞いたアスカはなんとも言い難い表情になった。手元の充電コードを見て。 エネルギー不足だと言われたとき、自室から慌てて持ってきた灰白色のそれ。 何を隠そう、携帯ゲーム機用である。 「…………」 なぜ、携帯ゲーム機専用の充電コードが通用したのだろう。 ゲーム機用だから充電も不完全になってしまったということなのか。せめてもっとほかの充電コードは持ってこられなかったものか。 「ですが、アナタのおかげで助かりました。ありがとうございます」 そんなアスカの心情など露知らず、ロボットが礼を述べる。 自分で不具合はないと言っていたし、とりあえず、大丈夫なのだろう。 アスカはまた笑った。 「……そういえば、君に名前はあるの?」 思い出したように聞いてみる。 すぐには返答は来なかった。彼はアスカを見つめて、考え込むような様子で少しだけ黙していた。 「……はい。ボクにはフェイという名前があります」 「フェイ、だね。わたしはアスカ。よろしく」 「アスカ、」 やや小さく彼女の名前を繰り返すロボット、フェイ。 アイセンサーをさまよわせながら「よろしくお願いします」と言った彼を、アスカはただ、やっぱりよくできてるなあと思うだけだった。 「明日、持ち主さんを探そう。今日はもう遅いから」 「……はい。感謝します」 「ううん。……それまでは、好きにしていていいから」 現在、両親は出張中だ。きょうだいもなく、家には自分ひとりだけ。 奇想天外な客の来訪に、それでもちょっぴり心が浮き立った、金曜日の夜。 (……それにしても) そもそも、なぜ彼は空から降ってきたのだろうか。 2019/08/17. |