▽ 12 学校
「学校…?」
「ええ。ゼクス君も学校で勉強しなきゃいけない年だから。今すぐは難しいと思うけど、落ち着いたら村の学校に行ってほしいと思うの」
アルーティアの母、ウルスラの言葉にゼクスは不安げな表情を見せた。
ゼクスは生まれてこのかた一度も学校に通った事がない。
しかし邸宅で閉じ込められていた時も、雇われた家庭教師の指導を受けていたので同年代の子供達に学力で劣る事はないだろう。
元より少年には娯楽などほぼ与えられてなかった事と、本人の生来の真面目な気質から勉学に真剣には勤しんでいた。
「…学校…」
ぽつりと、不安な声色でゼクスは呟く。
勉強は恐らく大丈夫だと思うが、同年代の子供達と共に学校生活を送る事がゼクスにとって大きな不安だった。
長い間閉じ込められていた為、人との接し方も正直あまり分からないのだ。
少し俯いたゼクスの後ろからアルーティアが腕を回し、彼を抱き寄せる。
「わっ」
ゼクスは背中に感じる温もりに驚いて顔を赤くする。
アルーティアは彼の様子を知ってか知らずか後ろから囁く。
「私が一緒に行ってあげるから大丈夫。私達学年は違うけど、クラスは一つしかないから私達同じ教室で勉強するの」
「そっか…お姉さんと一緒」
アルーティアと一緒。
安心感を得ると同時に、何でもかんでもアルーティアに頼ってしまっている事に気が付き罪悪感を覚える。
「……」
「どうしたの?」
「うんうん…なんでもない」
自分はアルーティアに出会って、救われて…ずっと優しくしてもらえて。
見返りもなく自分に優しくしてくれる彼女に、このまま頼ってばかりでは駄目だ。
そんな気持ちがゼクスの中で湧いてきた。
「ハァイ!皆元気!?私はいつも空元気〜!今日は転校生を紹介するわヨ〜!いらっしゃい!」
やけにテンションが高い女性教師に導かれ、ゼクスは緊張した面持ちで教室に入る。
この辺境の村に現れた転校生という珍しい存在に、生徒の視線が一気に集まる。
こんなに大勢(といっても20人に満たない人数だが)から視線を浴びる事なんて人生で初めてだ。
「ゼクスです…よろしく」
「ゼクス君はアルーティアさんのお家でお世話になっているの。学校生活はこれが初めてだから、色々教えてあげてネ!」
ゼクスは明らかに緊張した様子でかなり素っ気ない自己紹介を終えると、席に案内され腰をかける。
フルネームを言わなかったのは、ヴァルキュリア家の事を知っている人間に詮索されたら面倒だと予期したからだ。
他の生徒に聞かれれば答えるが、聞かれなければ黙っているつもりだ。
朝のホームルームを終えると、転校生という珍しい存在に生徒たちはわっと集まり食いついた。
「君どこから来たの?」
「赤い目の人とか初めて見た」
「それって天然パーマ?それともワックス?」
「えっと…首都レギンレイヴから来た。このくせ毛は生まれつきだし…ワックスって何?」
ゼクスは生徒達の質問攻めにたじたじになりながらも答えていった。
気恥ずかしさと、緊張…自分に興味を持ってくれた事がどこか嬉しかった。
「ほらみんな、気になるのは分かるけどあまり一度に聞いちゃ駄目よ?」
アルーティアは側でゼクスを見守りつつも、にこやかに周りに注意をしたり談笑に参加した。
クラスが転校生の事で盛り上がる中、ただ一人、ゼクスの右隣の席の少年は我関せずとばかりに黙々と本を読んでいた。
それから間もなく授業が始まる。
「ハァイ、皆歴史の教科書開いてー!今日はライン河の畔の国の王女だったクリムヒルドについてやるわよ!彼女が私達の敵国、シオニエル王国を作るまでのお話しよ!」
女教師は相変わらず独特なハイテンションで授業を進めていった。
ゼクスは指定されたページを開いてそれ読むと、それは見覚えのある内容で。
自分はかなり前に家庭教師に習った事で、今のゼクスにとって予想以上に簡単だったのに内心拍子抜けする。
(クリムヒルドは1000年前に戦争で負けて島流しにされて、その地でシオニエルを建国する。女王は不老で今も生き続けて、かつての領土を取り戻すためこのヴァルハラントを支配しようとしている。こんなのとっくのとうに習ったな…)
他の教科の教科書も軽くめくってみたが、どれもやった事のある内容に思えた。
この村の教育が遅れているのか、自分が先取りして学習していたのかは分からない。
ノートを取ろうとした時、ゼクスが手にしていた消しゴムが机を転がり隣の席の床まで落ちてしまう。
右隣の席の少年が足元に転がってきた消しゴムを拾うと、それをぶっきらぼうにゼクスに差し出した。
「ん」
「ありがとう…」
ゼクスが受け取ると、少年は何事もなかったかのように彼は前へ向き直りノートに鉛筆を走らせた。
ふと、ゼクスは少年の机に置いてある本に目が行った。
山田提督物語―――。
ヴァルハラントの同盟国、武蔵の海軍で華々しい活躍をした提督の戦記。
ゼクスが地下で閉じ込められていた際、よく読んでいた本の一冊だ。
(あっ…この人も山田提督が好きなんだ)
ガタイが良くてぶっきらぼうな、暗い茶髪の少年。
他の生徒達と違ってどこか大人びていて、近寄り難い雰囲気を持つ少年に思えたが…ゼクスはそんな彼にほんの少し親近感を抱いた。
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