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(誰もいないね)
わたしは結局誰のこともわからないしわからなくてもいいとおもっている部分があって、誰も救わなかった。誰もわたしの人生を左右しなかった。わたしの世界に花しか咲かないことが惨めで、星のほうが好きだなんて、誰も言わせてはくれなかった。花も神様も、前々世くらいで厭きていた。
――ここにいるのは、彼女にとって、夜空には瞬かない花と同じ生き物だから、ほんとうはぜんぶどうでもいい。
誰も俺を殺せないから、俺は自分が自分を唯一楽に出来るんだと思っていた。幼い少女に憧れた。妹を手放したとき、二度目の喪失に今度こそ明確に絶望した。
――幼く見えた少女や少年達が、自分よりも世界を見ていた現実に、もう絶望はしなかった。
誰も俺に生きてていいなんて言わなかった。笑っていても許されていないことがあるんだって、あのとき自覚した。水中が苦しくても安心するのは、あの場所が、暗くも明るくもない地獄だからだ。
――彼を壊した男が死んでも、彼は壊れたまま、眠ったまま誰にも生かされることはなかった。
誰も俺を肯定しないってわかっていたから、空想に逃げた。でもそれが一番正しかったんだ。あいつらみたく、現実なんかに潰されるくらいなら、神様をずっと信じていようと思った。
――姉は彼から離れていくから、もう子供ではいれないから、彼は死にたくなって、神様を欲しがった。
誰も俺を殴らないために、俺はいろんなひとに嫌われる努力をした。真っ黒だと怖かったけど、夜に目立って愛情ごと瓶を投げられるくらいなら、嫌悪ごと温もりをもらいたかった。
――一番欲しかったものは、神話と同等の存在になって、呪いのように彼に笑って消えていった。
誰も俺を好きにならなかった。俺が誰も好きにならなかったから、俺は誰も彼もにとって、代わりのきく都合のいいものであった。あり続けた。なにも欠けなかった。代わりに、もう、なにも満たされなかった。
――分類を捨てて、他人と線を引いた生物を演じても、彼は母親から生まれて母親から愛されず母親を慕うただの子供だった。
誰もあたしの絵を見なかった。その日、自分の顔が嫌いになった。一番好きな絵を描いていたあのひとは、恋をしてそれを手放した。失った。解放されてしまった。あたしは誰に笑えばいいのか、わからなくなった。
――愛されても困るけれど、愛さないと寂しいから、白い壁になにかを描いていたのに、それも誰かが肯定することはなく、彼女はそれを笑い飛ばした。
誰も私の実体を他人と認識しなかった。私は誰かの他人にはなれなかった。それ以下だった。骨や肉や内臓や皮は、個体に要らないんだと思った。私は寂しくなかった。でも幸せじゃなかった。
――それでも家族のもとには帰りたくなかったから、弟を突き放し、父を見捨て、母を見下して、雨を眺めるものから感じるものに変えた。
(生きていきたくないひとがいて、生きたいひとがいて、死にたいひとは死ねない、死にたくないひとは笑う、誰も死なずに生きてしまって、いま願っている些細な眠りなんて、明日の朝にはどうでもよくなって、明後日の夕方にはなかったことになるのを知っていて、夢を見て現実が怖くて運命なんて信じるに値しないから、自分で探しにいこうとしていたのに、雪が降ったから歩けなくて、雨が降ったから転んで、霧があったから見えなくて、諦めたのは自分のくせに新聞を破って腹を立てて、それなら、明日の自分に電話くらいすればよかったのに、ばかだね、わたしは)
「……あれ、三橋嬢どこいくの?」
「ちょっと、散歩に」
「えー、危ないよ葵ちゃん、せめてあたしの絵のモデルしてからにしなよ」
「帰ってきたら、考えておきます」
「今の時期のプールとか海は寒いから、うっかり転んで入るなよ。三橋バカだから」
「そんな、人智を越えた大ボケはかまさないよ」
「ねぇ、道中ビレバンあったらさ、私に漫画の一冊でも買ってきてよ。葵さん私よりお金あるんだし」
「年末年始、人類皆ジリ貧」
「三橋さーん、ヨドバシいまクリスマスツリー安売りだよー」
「クリスマスは、来年でいいよ」
「寒くなったら、豆腐を食うといいよ、葵」
「豆腐になって、死んでください」
「それで三橋、なにを、探しにいくの?」
「星のひとを」
「そう、なら、もう帰ってこれなければいいね」
「そうだね」
「じゃあ、さようならだ」
「そうだね」
「俺達は、いってきますの間柄ではないからね」
「そうだね」
「さよなら」
「おしあわせに」
ちょっとした世界の終わり。
明日こそ星が見えるといい。
ばいばい、おはよう。
/20121227
/慰涙三周年(20121220)
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