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 キスしたら、大体彼女は泣いた。いやまぁそうだよなと、思う、何せ彼女彼氏のいる身であるのだから、俺は紛いなりにも男子であり彼女からは友達という友愛の対象に過ぎないのだから、下手なことをしたら戯れでは済まない。わかってる。ただ理解と思考には別の脳を使っているんだー、……なんて、言い訳かな。


 最近は彼女の腕やら太ももやら、病的に白く夏を感じさせないそれらに、更に不気味を極める白が修飾されていた。原因やら犯人やらは大体、見当がつく。言うなればヤンデレは二次元にしろ阿呆、ってやつだ。そして三次元の浮気はあまり綺麗じゃないってやつだ。知ってるそんなの。
 今日も彼女、左手を痛ましく、包帯で固めてきた。利き手じゃないから平気だよ、って、笑うなお前もヤンデレか、そうかそうなのか。ヤンデレ相互理解恐ろしいですとても。あと胸が痛すぎて吐き気がします。可愛いとこで終われない片想い症状がうざったい。

「痛くないの、それ」
「うん」
 笑って答える彼女、きっと本当に、痛いだなんて思っちゃいない。俺がキスすれば、酷く痛そうに辛そうに泣くけど、彼女彼を愛している。彼女彼に恋している。恋愛は痛覚を、鈍らせるらしい、ある一定の条件付きで。俺はその条件を満たせないまま彼女を愛してしまった、訳だ。
 まだ朝は早く、今日は気分的に優等生ぶってみたく、早めに教室に来てみたら、彼女がいた。本物の優等生だった。俺は学校から徒歩10分だけど、彼女確か、バスと電車徒歩で50分だろ。いやどんだけ早起き。


「あ、そうだねぇ、金平糖食べる?」
「金平糖、」あの星やら花やらと形容される砂糖の塊のようなくそ甘ったるい菓子ですか「うん」彼女既に橙色の金平糖を取り出していました。行動速すぎるだろJKってやつですかね、これ。
「じゃあ、一つ」
 どうもありがとう、と言いながら、受け取る。これが彼女でないなら、生憎と俺甘すぎる菓子はそこまで好きでもないから、断るんだけど。どうせなら彼女自作のプリンなんかが、食いたい。我が儘か、なら彼女が食いたい。
 がりがりと噛み砕くと、スクロース液に彼女の涙をブレンドしたような味がした。素直に砂糖水イッキ飲みしたみたいに喉が……焼けはしないが、甘過ぎるとか言わない辺り、俺ツンデレかな。そんな自覚いらん。

「、残りあいつに、やるの?」
 彼は確か、金平糖が地味に好きだった筈だ。男子だけどなとか言うが、男子だから菓子が好きじゃいけない訳でもないだろう。彼女はそんな、時折可愛らしい(らしい、が、俺はあまりその理解に長けたくはない)彼が、恋しくて仕方ないらしい。恋は盲目か、しかし盲目って何も見えてない筈なんだが、彼女俺も見えてないのかな。
「そうだけど、あ、もいっこいる?」
「……いや、いいや」
 彼女はそっか、じゃあまた欲しくなったら言ってね、と、最後まで気遣いを忘れない。本当に同い年なのか、疑問が残る。変なところばかり老成、あるいは無垢で、他人への対応が、同い年によく見られるような、それではないのだ。
 だから彼女、自分の身体が動かなくなっても、きっと何も言わない。壊されても何も、言わない。間違った無垢が歪曲した希望と恋慕の海で、溺れてしまっている。そこは深く俺は片足を踏み入れているが、彼女の四肢はもう、繋がれている。最悪なくらい絡まってるのに、その先には彼がちゃんと存在していると認知出来る、血で薄汚れた赤い糸で。
 俺が彼女に痕を一つ残せば、彼女はその数十倍の痛みを彼から与えられる。別れたくもなく死なれたくもない彼は、彼女をぎりぎり生かしながら、傷付けていく。それでも髪を撫でて、手当てをして、口付けて、不器用な彼女が死海みたいに深い恋で溺死しないように、呼吸をさせる。
 その裏側で、相互理解しながらお互いを、壊して。そうだもう彼女、壊れてるんだ。俺の片想いなんてのは、結局、壊れた心を無理矢理直そうとして、やっぱり破綻のお手伝いをしてるだけの、無様な行為で。


「キスしたい」


 びくりと、それまで笑っていた彼女が、身を強張らせる。「別に、唇じゃなくていい」唇じゃなくても駄目だって、話か。どーでもよくないか、そんなの。

「っ、だ、め、だめ」
「でも悪く、ないだろ」
「……、っやだ、」
 あー、敏感だなぁ、とか、あんまり健全じゃないようなことを考える。しかしこんなことしたの初めてでもないのに、よく彼女は俺を嫌わないし、彼は俺を殺さないよなぁ。なんぞこの危うい人生。
 あーはいはい、ちょっとナーバスなんです、情緒不安定で君の些細な笑顔一つですら抜けるって言えば抜けるんですが、そんなナーバス言い訳にして君に触れたいんです。臆病だけど優しく悲しい君が、俺に壊れてしまうのを見てみたいんです。何せ思春期不安定、ですから。ねぇたまには彼の話を止めませんかと、言ってみたいんです。俺を見てくださいとか、そんな中二なこと、言ってみたいんです。
 高校生にもなって、とか、笑わないでください。神経質は行き過ぎたら、神経衰弱だし。それ病気だから。君の彼に向ける、彼が君に向ける、揺れやすくて真っ赤に濡れてる、愛情みたいなさ。



 優しい君がそうして泣くのは、知っています。俺は大概にそんな脆く虚しく安定の無い君が、本当に好きで好きで仕方なく、こういうナーバスも悪くないと、一方的な快楽に溺死します。今自分の下でままならない呼吸を繰り返す(流石に処女じゃない筈なんだけど、あれか、うぶなのか)君に、とんでもなく背筋がぞくりとします。背徳とか恋情とか快楽がぐちゃぐちゃとかき混ぜられて、きっと俺の頭の中は酷い有り様なんだろう、な。
 快感が随分とサディストぶっていることは、思春期仕様が行き過ぎたんだと把握してください、是非とも。









(これきっと僕も歪んでる)



提出:ドリーマンの法則様へ
100707:遠子(irony)




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