ムーンリバー







そらのむこうまでつきをとりにいこう














どこから持ち出してきたのか飛段は小振りの水槽なんか持って立っていた。
そこには半分くらいまで水が入っていて。さながら熱帯魚でも飼うかのような趣だった。
歩くたびに水槽から水が零れて床を濡らすから彼が歩いてきた後ろには点々と水の標ができていた。
まるで道に迷った子供がパンを撒いて歩いているかのように。




「で。今から何が始まるんだ」
「月捕まえる」



水槽の中の水に目を落として彼は言う。
どうやらその水槽の中にあの空の月を捕まえて入れるらしい。
いきなり人の部屋に入ってきて何を言い出すかと思えば。



「自分の部屋でやれ。床が水浸しになる」



実際もうかなりの量の水が部屋の床にばら撒かれている。
もしかしたら、今半分くらいになっているあの水槽の水は最初はぎりぎりまで入れてあったのかもしれない。
そうだとするともう随分零れ落ちた事になる。
この部屋に来るまでの道もきっと似たようなものか。
もしかしたらそれ以上に水浸しなのかもしれない。



「オレの部屋じゃ月がいねェの」



そう言って少しゆっくり歩いて窓辺まで行く。
遠まわしに床に水を零すなと言った事が理解できたのだろうか。
いや、こいつにかぎってそんな事はまずあり得ない。
きっともうこれ以上零すとそろそろ中身が無くなってくるということに今ごろ気付いたのだろう。そんな程度だ。



「はぁ…濡らすなよ飛段」



それだけ注意して好きにさせておいた。
特に居られて困るわけでも無いし行動を制限する必要も無い。
儀式で血塗れにされない限りは。



「ハイハイ」



本当にわかったのかと思ったが返事があるならわかったのだろう。
どうせ何を言っても聞きやしないので放っておいた。
月なんか捕まえて何をするのかさっぱり意図が汲めないがそんなこと聞くだけ無駄なのは重々承知していた。

意味のないことを意味もなくしたがるイキモノだ、あれは。

思いつきと無心で生きているに違いない。我が相方ながら感心する。
けれども少し気になって無駄だと思いつつ聞いてみた。



「月なんか捕まえてどうするんだ」



しかも水槽なんか持参して。どうやって捕まえるというんだか。
月は地球より小さいけれどそれでも天体だ。
あんな小さな水槽なんかに入るわけないのに。



「どうするって……飼うに決まってんじゃねェか」



あっさりと。
飼う。んだと。月を。
本から目を離して窓辺の飛段を見たら振り向いて、



「月つかまえられねェ。電気。」



と不服そうに言われた。
そこまで聞いてやっとわかった。『捕まえる』という意味が。
親切に電気を消してやり、そして窓辺を覗いてみると。
小さな水槽の中には揺ら揺らと小振りの月が揺れていた。
その捕まえた月を緩々とかき混ぜながら飛段は言った。












「つかまえた」








そして飛段は、満足そうにうっそり笑った。

















ムーンリバー







Fin.










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