パラレル執事 | ナノ
悪魔でモデルですから 1/3

メイクアップアーティストになる夢と一緒に上京してから、なんとかそれを実現できた。

ただ、まだまだ仕事を始めたばかりで慣れない事も多い。

そんな私に、ある日驚きの仕事が飛び込んできた。


「わっわわわたしが、あのセバスチャン ミカエリスのメイク!?」

そうよ、と事務所の美人社長、通称マダム レッドは微笑んだ。

「K-night candleってファッションショーがあるでしょう?今度そのショーにゲスト出演する彼のメイクを是非あんたに頼みたいって直々の申し出なのよ」

「な、なんで私なんかが…」


セバスチャン ミカエリスと言えば今話題の人気モデルだ。

白磁の肌に艶やかな黒い髪、そして紅玉の如き瞳。

その人間離れした端正な容姿から、悪魔の美貌と称されている売れっ子だった。

そんな人のメイクを駆け出し同然の私が出来るなんて、そんな事……


「無理です!」

「 は?」

私の返答に社長は間の抜けた声を出す。

「無理無理無理っ、絶対に無理です…!」

「な、なんでよ…?こんな良い仕事断る理由なんてある?」私の勢いに若干気圧されながらも、社長はデスクの上に数冊の雑誌を並べた。

その有名な雑誌達の表紙は全て、悪魔の如き美貌を持つ彼が飾っている。

赤いマニキュアを塗った綺麗な社長の指が紙面のモデルを指差した。

「それにほら、こんなにイイ男よ?」

紙面のモデルは黒いシャツを羽織り、ボタンを留める事なく白い胸元を惜しげもなく晒していた。

その肌の上を這うのは黒いマニキュアで色付けられた官能的な長い指。

一見憂いを浮かべながらも此方を見る目は挑発的だ。

……妖艶。まさに犯罪並みの。

私は雑誌から視線を逸らした。

もう無理。見てられない。


何が不満なのよ?と不思議そうな社長に、私は真っ赤な顔で捲し立てる。

「は、恥ずかしいんです!ミカエリスさん本人にお会いした事はないですけども、雑誌とかテレビでも直視出来ないんです!!」

今だって本当は卒倒しそうなのに。なんでこんなに恥ずかしいのかは正直分からない。

ただ、なんかもう彼の存在自体が私にとってはR指定だ。

……うん。我ながら上手い事言った。

しかし。

「恥ずかしいってあんたねえ、そんな理由通る訳ないでしょう」

仕事の世界は甘くなかった。



そして迎えた、ファッションショー当日。

今にも止まりそうになる心臓を押さえながら私は扉の前で深呼吸。

この控え室の扉を開ければ、いよいよあの人気モデルと対面だ。

どうかメイクが終わるまでは意識が保てますように。


この日までに、あらゆる手を尽くしてこの緊張を何とかしようと試みた。

先ずは雑誌の彼を直視する事から。
これも仕事の為と思えば、何とか乗り越えられるもの。

執事ルックでにっこり笑顔の彼や、眼鏡を掛けた白衣姿をクリアし、憂いを帯びた横顔もなんとかクリアした。

鎖骨を晒して流し目な彼とも、ぎりぎり目を合わせる事が出来た。

テレビ出演の艶やかな声で話す彼を観ている事にもほんの少しは慣れた…と思う。

後は、本人に会うだけ…。


「失礼します」

平常心、平常心。ノックをしてから冷たいノブを回して扉を開けた。

「メイクを担当させて頂くスズキと申し、ま… !!?」

「  おや、」


Σバアンッ!!

「しっ、ししし失礼しましたーッ!!」

私は思いっ切り扉を閉め廊下へ戻った。

扉に背中をつけて胸元に両手をやり心臓を押さえる。

「〜っ…!」

声にならない声を出して頭を振った。

さっき扉を開けた時、なんと悪いタイミングか、かのモデルは着替え中だった。

ちょうどシャツを羽織ろうとしている最中に私は扉を開けてしまったのだ。

「やっぱり無理っ、帰りたい…」

真っ赤になった顔を手で覆った。

さっきの彼の姿は不意打ち過ぎる。

雑誌やテレビで見るより、ずっと色白で細身で長身だった。
そして、ほんの一瞬呟いた声を聞いただけなのに、耳の奥に残るような甘い声色だった。

と、その瞬間。ガチャリと音がしてノブが回り扉が開いた。

内開きだったそれに凭れていた私の体がぐらっと傾く。

「わっ!?…あっ」

倒れかけた体を片腕で支えてくれたのは、着替え終わった彼だった。

「貴女が私のメイクをして下さるスズキ ユイさんですね。初めまして、セバスチャン ミカエリスです」

お会いできるのを楽しみにしておりましたよ、と至近距離で腕の中にいる私を見下ろしながらミカエリスさんは器用に扉を閉めた。



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