パラレル執事 | ナノ
beautician 1/2

「ん、っきもちいい…」

「嗚呼…ここ、ですか?」

「ぁ…セバスチャ」

「寝ないで下さいね?危ないですよ」



「「……………。」」

「ねえ店長。」

「なんだ」

「此処、美容室だよね」

私の問いに鋏を持っていた少年の手が止まる。
足りない身長を台に乗って補い、私の髪をカットする様は随分可愛げがあったが、鏡越しに映るその表情は険しかった。

「当たり前だ。どこをどう見ても美容室だろう」

「じゃあさ、奥から聞こえてくる、『あ、ちょっとヤバいんじゃない?』な、声はなに。」

「……」

「この美容室、奥にベッドでも置い、」

「そんな訳あるか!奥にあるのはシャンプー台だけだ」

店長である彼の怒鳴り声と共に、奥から髪を濡らした女性と店員であるムダに背の高い男が出て来た。(あ、ムダは私情だった)

「お疲れさまでした」

にっこり微笑んで、鏡の向こう側に映る男は女性客の髪を乾かしていく。

溜息を吐く小さな店長と一緒に常連客である私は冷めた目でそれを眺めていた。

いくら他の女性客から人気があろうと、あんな作りものっぽい笑みを浮かべる男のどこがいいのか私にはさっぱり分からない。


「髪の長さはこのままでいいんだな?」

「うん。長い方が好きだから」

彼氏が、という言葉は呑み込んで私は小さな店長に笑いかけた。


それから数ヶ月後、久々に美容室へ行けば不自然なまでに整った笑顔に迎えられた。

予約も無しに来たけれど、閉店間近という事もあり店に客の姿はない。

「なんでアンタしかいないの」

客だけでなく、いつも騒がしい他のスタッフ達も居なかった。
客の頭をアフロに変えたり、間違えて前髪をパッツンに切ったり、預かった荷物や鞄を壊したりする彼らは、先に帰らせたと笑みを浮かべて従業員の男は言った。

「シエルは?」

「店長は夕方以降の仕事はなさいませんから」

そういえば、私が予約を入れるのは休日の昼頃ばかりだった。

「カットで宜しいですか?」

渋々頷き、鏡の前に座った。


白い布で覆われた長い指がすっと髪を梳いていく。
美容師のくせに、この男はいつも手袋を嵌めている。

ここに通い初めてから結構経つけどこの男だけは謎だらけだった。


「本当に宜しいのですか?」

鏡越しに問われ、私は無愛想に頷いた。

「うん、ばっさり切って。長い髪なんか鬱陶しいだけだから」

にこりと笑って、美容師は髪に鋏を入れた。


会話もなく時間だけが過ぎていく。
床には今まで伸ばしてきた長い髪が落ちている。

鏡に映るのはどんどん髪が短くなっていく私。そんな自分と向き合っていたら、不意に目の奥が熱くなってきた。

「……っ、」

ヤダ。こんな所で泣きたくない。

「っ、何なのよ」

視線を感じて顔を上げた。

鏡に映る赤みがかった茶色の瞳が此方を見下ろしている。

「いえ……。ただ、いつもの生意気な笑顔の方が可愛らしいと思ったものですから」

「な…っ!?……どうせ誰にでも言ってんでしょ変態っ、」

「おや、心外ですね。鏡越しにそう言われるなんて」

クスッと笑みを零し美容師は屈み込んだ。鏡から視線を外し横を向けば、至近距離の男の瞳とぶつかった。

「確かに私はどんなお客様とも会話致しますが、可愛い、と言ったのは貴女にだけですよ?」

無駄に整った顔と普段と違う囁くような低い声音。
不覚にもドキリと心臓が音を立てた。

「ち、近いわよ…!この作り笑い男!!」

思わず叫ぶと、すっと距離が離れていく。

失礼しました、と悪びれる様子なく言うと再び鋏を持ち直した。


いつの間にか泣きたい気分も消えていき、カットはすぐに終わった。

認めたくないが、この男は腕が良い。
文句のない仕上がりに私も自然に笑みが浮かぶ。

「お気に召して頂けましたか?」

ショートも良くお似合いですよと美容師はお得意のスマイルを作る。

「………と、」

「はい?」

「……ありがとって言ってんの!」

髪と一緒に気持ちも軽くなった気がして、私はこの美容師にほんの一瞬だけ感謝した。



鏡に映る貴女ごと

最上級の

魔法をかけて、


(それにしても。貴女を捨てるなんて見る目のない男ですねぇ?)(なっ、ほっといてよ!…そんな事より、アンタ名前なんて言うの?)(…酷いですね。私は貴女の住所まで知っているというのに)(は!?なんで)(電話番号から割り出しました(ニッコリ)(変態…!!)

あとがき

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