眠り姫連載 未完の小話 |
「マリア・テレジア?」 「……違う。マリア・ティーレマンだ」 屋敷の主は、メイドの聞き間違いに溜息を吐いて訂正した。 しかしその先を説明するのが面倒だというように、シエルは傍らの執事へ視線を向ける。主の話の続きを引き受け、セバスチャンが口を開いた。 「レディマリアは、ドイツのルクセンブルク侯爵の一人娘で、また、ヴィクトリア女王陛下の遠縁にあらせられる御方です」 「え!?そんなすっごいお嬢様がこの御屋敷にいらっしゃるんですか?…なんで?」 「正しくは御身分を隠して、ですね。表向きはファントムハイヴ家の客人ですが、坊ちゃんは女王より、彼女のとある問題を解決するよう命じられたのです」 「問題?」 リユが首を傾げるとセバスチャンは面白いと言わんばかりに口元を吊り上げ、幼い主人に目を遣る。 シエルは頬杖をついて顔を顰めた。 執事が言葉を続ける。 「社交嫌いのレディマリアに笑顔を取り戻してほしい。…それが、今回の仕事です」 「ぇえーッ!?そんな、仏頂面で仏頂面を絵に描いたような仏頂面のシエルさんが、人を笑わせる!?自分が笑うのは…じゃなかった、…あざ笑うのは!他人を陥れた時だけのようなシエルさんが、女の子を笑顔に…ッあだぁッ!!」 分厚い書類の束がリユの顔面に投げつけられた。 「いったーい!シエルさんの鬼ー!」 「誰が鬼だと?何度仏頂面と言うつもりだ!」 「おや。その点は彼女が正しいかと」 「黙れセバスチャン」 キッと目をつり上げた後シエルは冷たい目で、床に落ちた書類を拾い上げる執事と額を押さえるメイドを見据えた。 「セバスチャン、リユ、これは命令だ。僕に代わってお前達が、お ま え た ち が!マリア嬢を笑わせろ!」 「な…なんですとぅっ!?」 「……(また人任せですか)イエス マイロード」 * 数日後、ファントムハイヴの応接室に一人の少女が腰掛けていた。 背に流れるストロベリーブロンドの髪と明るい緑の目。品よくソファに腰掛ける姿はまさに、 「ビス、マル…ク?」 「リユ、それはビスク・ドールと言いたいのですか?」 応接室の扉からこっそり中を覗くメイドに、セバスチャンは呆れ顔で声を掛けた。 彼の押すワゴンにはティセットとスイーツが用意されている。 「そうそれです!ビスマルクとか、世界史で活躍してそうな感じじゃなかったですねー」 「マリア様の前で可笑しな事を口走らないようにして下さいね。くれぐれも、機嫌を損なわせるような言動は慎んで下さい」 「分かってますよー。だって笑わせなきゃなんないんでしょう?まあ、私的にはあの光景が笑えますけどね」 応接室の中を指差して少女は口元を押さえる。 執事が目を向けると、そこには客人と向き合って無言で座る気まずげなシエルの姿があった。 「坊ちゃん……、」 「セバスチャンさんが出て行ってからずっとあんな感じですよ。マリア様は一言も喋らないし」 「いつまでもあの状態を放っておく訳にはいきませんね。…行きますよ」 セバスチャンは失礼しますと言ってワゴンを押しながら入っていく。 リユがその後に続くと、マリアの大きな瞳と目が合った。 どこか虚ろで退屈そうな緑の目が、今度は目の前に置かれた紅茶とスイーツを見下ろす。 「マリア様はシフォンケーキがお好きだと伺いましたので、本日は紅茶のシフォンケーキを御用意させて頂きました」 綺麗に口角を上げながらセバスチャンが説明する。しかし客人の態度が変わる事はなく。 「わたし、貴方嫌い」 愛らしい口から飛び出した言葉に、三人は一瞬呆気に取られた。 「………貴方、とは私の事でしょうか?」 「他に誰かいる?」 セバスチャンを見る事なく言いながら、マリアはケーキを口に運ぶ。 執事は若干口元を引きつらせている。 その光景にリユとシエルは必死に笑いを噛み殺していた。 「ちょ、シエルさん。私達が笑っても意味ないですよね」 「ゴホンッ、…マリア嬢。ケーキを食べ終えたら屋敷内を御案内したいと思のだが、如何でしょう?」 気を取り直してシエルが話し掛ける。けれど相変わらず、マリアは黙々とケーキを口に運びながら頷いた。 そして、さらりと言ってのける。 「御予定は伯爵にお任せします。わたしは此処では厄介者でしょうから。それに、無理に笑わせようなんてなさらないで。くだらない事で笑顔を振りまける程、わたし器用ではありませんから」 「「「(………超手強い)」」」 ◆だけど結局なんやかんやで執事さんがマリア嬢を笑わせて「ファントムハイヴ家の執事たる者、レディの一人や二人笑わせられずにどうします?」「さすが毎回葬儀屋さん爆笑させてるだけありますね」と言う、最後に笑うのは悪魔執事!みたいな展開が書きたかったんですが挫折しました(^^) 因みにこれは埋もれていた小話その3です(保存してた日付は2011年でした(笑) 2016/05/13(trip) |
捕食対象者の本能 |
それは時々唐突に起こる。 今すぐ此処から逃げ出したい、と。 不意に沸き上がる衝動を、シェリーは平静を装いながら抑えつけた。 「どうかなさいましたか?」 そんな心中を見透かすかのように傍で給仕をする執事が声を掛けてくる。 「いいえ、なんでもないの」 シェリーは首を振って、紅茶の注がれたカップに口を付けた。爽やかなセイロンの香りが広がる。 完璧な紅茶に完璧なアフタヌーンティ。 それらを準備し取り仕切るのは数ヶ月前に屋敷にやってきた新しい執事、セバスチャンミカエリス。 非の打ち所の無い端正な容姿の彼は、シェリーの家族にも同僚の使用人にもすぐに好かれて受け入れられた。 けれど唯一シェリーだけは、彼に言いようのない不安を感じている。 まるで羊の皮を被った狼が、いや、人間の皮を被った悪魔が傍にいるような気がしてならない。 完璧過ぎる容姿に慇懃な態度、しかしそれに釣り合わないくらい、時々鋭く光る紅茶色の瞳。 なのに、誰も気付かない。彼がどれだけ危険なのか。 シェリーはカップの中の水面に映る自分を見つめる。 私が起爆剤に成り得るのならこのまま気付かないふりをしていよう。そう言い聞かせながら不安を隠すように、カップの残りを飲み干した。 そんな彼女の傍らでは、やはり完璧な笑顔を浮かべて執事が立っていた。 ◆埋もれていた小話その2。此方も2012年に出だしだけ書いて今まで埋めていました(笑)セバスチャンの隠れた“悪魔”な部分に勘づいた人間がいたら…と考えながら書いていた話です(^^) 2016/04/11(other) |
悪魔でロイヤルドール |
私の妹は人形遊びが好きだった。 数多く持つそれらの中で特にお気に入りなのは、金色の髪に若草色の目をした侯爵令嬢の人形。名前はエリザベス、妹曰わく、愛称はリジーらしい。 ある日、外国にいる親戚から私と妹宛てに人形のプレゼントが贈られてきた。 妹には、リジーのいとこで許婚という設定の少年伯爵シエル ファントムハイヴ。 そして私には、その伯爵の執事セバスチャン ミカエリス。 少年伯爵は上等の衣装を着て、執事も品のある燕尾服。 どちらも綺麗で精巧な作り。美しい人形だった。 早速遊び始めた妹と違って、私は人形遊びをする時期は卒業していたので、貰ったそれは飾って置く事にした。 それから5日ほど経ったある夜。 深夜に目を覚ますと、月明かりに照らされた白い顔が間近に私を見下ろしていた。 「きゃ…、!!」 咄嗟の叫びは、その人物の手によって遮断される。 手袋をしているのか、口元を覆う感覚は上等の布のそれだった。 「驚かせて申し訳御座いません」 月明かりだけが頼りの暗さの中、艶っぽい男性の声がそう囁く。 次いで、塞がれていた口元から手が離れていった。 状況が理解出来ずに身動きのとれない私。 その人物はそんな私の寝ているベッドから半歩下がった。 その場で膝を折り頭を下げる。 「深夜遅く、お休みのところ申し訳御座いません。なにぶん急を要しますので、粗雑な真似をお許し下さい」 慇懃な態度と言葉に、私は戸惑いながら身を起こした。 強盗、と言う訳ではないようだ。 顔を上げたその人は私を見上げると微笑を浮かべた。 作り物の様な美しくも冷たい印象が和らぎ、一瞬見惚れてしまう。が、私は彼の顔立ちに既視感を覚えた。 「ぇ……、」 意識せず、声が零れる。 月明かりに照らされた彼の白磁の様な白い肌。その肌に影を落とす艶のある黒髪。 此方を見つめる澄んだ紅茶色の瞳は、光りの加減により紅玉の様な深紅にも見える。そして彼は、燕尾服姿だった。 無意識に、人形を飾っていた棚を見た。そこに執事の人形はなかった。 そんな、筈、は…と思いながらも疑問は先に口から出ていく。 「セバスチャン……?」 彼に向かって人形の名を口にすると、我が意を得たりと言う様に此方に向けられていた笑みが深くなった。 そして「はい。」と肯定が返ってくる。 「仰る通り、私は貴女の人形のセバスチャンミカエリスです」 「そ、んな…」 目の前にいるのは確かに人間だ。それとも夢でも見ているのだろうか。 「これは夢ではありません」 私の考えを読んだように彼は言った。 「正真正銘、私は貴女に贈られた人形です。…いえ、“今は”人形だと言うべきでしょうか」 「どう言う事…?」 すると彼は困った心情を表現するように眉を下げて微笑んだ。 「私とした事が、とある契約のせいで呪いを掛けられてしまったのです。お察しの通り、もとから人形だった訳ではありません。しかし、昔交わした契約のせいで、今では満月の夜、朝日が昇るまでの一夜だけしか元の姿に戻れないのです」 信じがたい話だが、この状況は夢ではないし、彼も嘘を吐いているようには見えなかった。 「どうしたら呪いは解けるの…?」 私の質問に、彼は困った様な呆れた様な複雑な笑いを浮かべた。 「私には持ち合わせない、理解の及ばないもの……愛を得られなければ、一生このままなのです」 「…愛……?」 ええ、と彼は言うと再び私に近付いてそっと身を屈めた。 「ですから、どうか…このあくまで人形の私に、愛を教えて頂けませんか?」 此方を射抜くように紅茶色の目が紅く煌めく。 彼は、私の手を取り目を伏せて恭しく甲に綺麗な唇を触れさせた。 温度のない冷たい口づけは、それでも、私の体温を上げるに充分だった。 ◆埋もれていた小話その1。2012年に途中まで書いて今まで放置していました…。その1と言うことはその2もあります。これから順に掘り起こします(笑) 2016/02/11(other) |
真夏日の少年伯爵とメイド |
「シーエルさんのしっつじー♪しっつじー♪しっつじー♪シーエルさんのっ、」 「この暑さにやられたのか。歌うのは勝手だが僕の仕事の邪魔はやめろ…」 「ファントム社の新商品考えてるんですか?なら、「シエルさんの執事」でホラー小説書いて売りましょうよ!」 「売れるか!却下だ」 「えーこの暑さを吹き飛ばす恐怖!みたいな感じで売り込めば、いけそうじゃないです?」 「いけそうじゃない。」 「じゃあ、「戦慄☆ファントムハイヴの怪談」は?ショートショートで書けますよ」 「何が何でも書く気か!まったく…」 「シエルさんったら遊び心が無いんだからー。こうなったら、「デフォルトタナカさん人体の不思議」とかでどーだ!!」 「なにが どーだ、だ!ホラー過ぎるだろう!そこに突っ込みは入れるな!」 ◆暑いですね(^^)でも、シエルと眠り姫ヒロインのやり取りを久々に書いたと思うとちょっと戦慄します…もっと頑張ろう… 2015/08/02(trip) |
6月の花嫁 |
「ジューンブライド、ですね」 欧州では古くから、6月に結婚した花嫁は幸せな結婚生活を送れるという言い伝えがある。 それは此処、伝統と格式を重んじる英国も例外ではなく。 よく晴れたある日の午後、アフタヌーンティ前の時間に、屋敷の令嬢は庭のベンチで絵を描いていた。 「そう。幸福を約束された6月の花嫁なの」 キャンバスの中には、早緑の草原に立つ純白のウェディングドレスの花嫁。色とりどりの花のブーケを胸に抱え、空を見上げる横顔はしかし、どこか憂いを帯びている。 「私は幸福な花嫁にはなれないでしょう?だから、」 せめて、絵の中くらいは綺麗でいたいじゃないと少女は気怠げに言う。 執事は口元に手を添えて笑みを零した。 「お嬢様はナルシストでいらっしゃいますね」 「それは貴方もでしょ」 見上げると、執事は優美に微笑む。 「いいえ?私はあくまでお嬢様の執事ですよ」 「貴方のそう言うところ嫌いだわ。……今日のおやつは?」 「お嬢様のお好きなアプリコットジャムとイチゴのミルフィーユを御用意しております」 「そういうところは好き。」 ザクロの味を知る令嬢の守護神は、6月の女神ヘラではなく、地獄へいざなうハデス(悪魔)だった。 ◆もう6月だなんて信じたくないと思いながらも、6月と言えばジューンブライド!と言う事で嬉々として書く琥珀です(^^) 2014/06/01(top) |
悪魔“が”恋慕その2 |
寒気がする、体が痛い。 それってもしかして、と気付いた時にはもう遅く。 高熱を出した私は廊下の窓拭きの途中でひっくり返…らなかった。 床に倒れる前に燕尾服の腕の中へ受け止められたのだった。 「朝から調子がおかしいと思っていましたが、やはりそうだったのですね」 此方を見下ろす執事の端麗な顔が、ぼんやり霞む。 そして意識が途絶えた。 次に目が覚めたのは自室のベッドの上。 「気がつきましたか。気分は如何です?」 「…さ、むけが、します」 私が言うと、傍らに腰掛けていた執事はシーツを肩まで引き上げてくれた。 そして、私の額に乗っていたタオルを取り上げるとサイドテーブルに置かれた冷水に浸して絞り始めた。 いつも、変態だ変質者だと思っていたけど今だけは私に接する態度も冷静でまともに見える。 顔だけは綺麗なのだから、このまま常識的な態度を貫いてくれれば良いのに、と思った。 「ありがとう…ございます、」 「どう致しまして」 耳に心地良い返事と一緒に、額に置かれた冷たいタオル。 その気持ちよさに、目を閉じた。すると。 「早く良くなって下さいね。でないと私の理性が限界です。弱った貴女は本当に美味しそうですから」 嗚呼、勿論どちらの意味でもね。 “どちらの意味”が何なのか、寒気が酷くなるのは御免なので私は知りたくもなかった。 やはり、この執事は変質者だ。 ◆このシリーズ何気に楽しかった(^^)琥珀は、変質的な発言する人を書くのが楽しい変質者です(笑) 2014/04/11(other) |