「うーん…どうしようかな…」


そう思わずボソッと呟いたのはとある人の家の玄関前。こうやってドアの前でうろうろし始めてからかれこれ30分は経っているだろうか。

いやー、来たのはいいんだけどなかなかチャイムを鳴らす勇気が出なくて…。いつもならさっさとチャイムを鳴らして中から返事が聞こえる前に勝手に入っていくくらいの図々しさがあるんだけど、ほら、今日ってあれじゃないですか。その…、バレンタインデーだったりするじゃないですか。だからさすがの私もちょっと意識しちゃうっていうか。

え?チョコ?持ってきましたよ一応。ていうかチョコを渡しにここまでやって来たんです私。それなのに玄関のチャイムも鳴らせないって…。いや、だって一体どんな顔して渡せばいいのかなーとかいろいろ不安が頭から離れなくて。

もういっそのこと帰っちゃおうかな。このチョコせっかく作ったけど自分で食べちゃおうかな。そうやってうんうんと唸りながらただひたすら人様の家の玄関前をうろうろしていると、


「…なにしてるの」

「…あ」


中から色白の男――サイがいかにも怪訝そうな表情で出てきた。









「いやー、こうやってサイの家に来るのも久しぶりだね」

「確か3日前にも僕の休みを邪魔しに来なかった?」

「あははー嫌だなぁ邪魔しにだなんて。せっかくの休みにサイが退屈するといけないと思って遊びに来たのに」


あれからちょっと嫌そうにしながらも私のことを家に入れてくれたサイ。そしてなるべくいつも通りに振る舞おうとするんだけど…テンションがおかしいのと笑顔が引き攣ってるのが自分でも恐ろしいくらいに分かってしまう。まぁ、サイは私がいることなんか完全に気にせず本を読み耽ってるから気付いてないと思うけど。

ああどうしよう。自分の家を出る前まであんなに"チョコを渡して今日こそ自分の気持ちを伝えるんだ!!"って意気込んでたのに。


「何でさっきからそんなにそわそわしてるの?」

「そわそわ?してないしてない!!私はいたって普通です」

「…トイレならあっちだよ?」

「だから違うってば!!」


大丈夫だから!!そう慌てて言うと、サイはまた怪訝そうな顔をしながらも本に目線を戻した。


「じゃあ何?一体。何だか今日のなまえおかしいよ」

「へ?」


"いつもおかしいけど"というお約束の毒舌と共に、さっき本に戻したばかりの目線を私に移す。

こ、これはもう行くしかないだろう…!!そう思った私は、まだ心の準備が万全でないまま例のものを静かに手の中に用意した。


「じ、実はサイに渡したいものがあるんだよね」

「渡したいもの?」

「そう。これ…」


これと言いながら、今日のために用意した小さな箱を両手で差し出す。


「何?これ」

「チョコなんだけどさ…」


不思議そうな顔で私の手の中にある箱を見つめるサイ。そして私は次に言うべき言葉のために静かに深呼吸をした。よし、行け自分!!


「わ、私、サイのこと、前から…す、」

「…す?」

「す…」

「……」

「す…す、凄いなって尊敬してたんだよね」


うわああバカバカ!!超バカ!!何それなんでそこで急カーブ?!サクラから"サイは人の感情に疎いから想いを伝えるなら直球で言わないとダメだからね"ってあれほど念を押されてたのに…!!


「…そうなの?」

「う、うん…」


あーあ、もうダメだな。すっかりチャンスがなくなっちゃった。チョコという(私にとっての)武器を出してしまった以上、もうこの場所にいてもしょうがない。そう判断した私のチキンな頭は、勝手に私を立ち上がらせて玄関へ向かわせていた。


「そういうわけで、そのチョコあげる」


じゃあね、と部屋を出ようとするとサイが何か言ったようだった。


「え?何?」

「…バレンタインデー」

「!!」


そうボソッと言うとソファーから立ち上がり私の側までやって来た。驚きのあまり私の手はドアノブにかかったまま止まっている。


「その日は女性が自分の好きな男性に向かってチョコレートと一緒に自分の気持ちを伝える日だと、サクラが言ってたんだ」


本命と義理の二通りがあるから、チョコをもらったからってはやとちりしないように、とも言ってたけどね。サイはそうやって言いながら後ろから私の両肩にポンと手をのせ、耳元でこう言った。



「ねえ、あのチョコは本命?」




油断大敵








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