カナリア | ナノ

 暖かくなってきたがまだ海開きが行われていない海は閑散としていて、波の音だけがあたりに響いていた。靴を脱いで渚のところに行くと、まだ冷たい海水がリンの足に触れ、その冷たさにリンは小さく言葉を漏らす。
「冷たい」
「そりゃね。暖かくなってはきたけど、まだ海に入るのはまだ早いよ」
 もう一度波がリンの足に触れようとする前に、レンはリンの手を掴むと自分の方に引き寄せ、リンの足が動いたと同時に波が引き寄せてきた。波は砂の上に残っていたリンの足跡を消すと再び海へと戻って行く。
「風邪引くなよ」
「このくらいじゃ引かないよ。レンは本当に心配性なんだから」
「まだ寒いと言えるような場所で、そんな薄着な格好を見せられたら誰もが思うことだと思うけど?」
 デート自体が久しぶりだから可愛い格好をしてきてくれたことは嬉しいと思うが、やはりリンの身体のことを真っ先に心配するのは仕方のないことだと思う――他の場所なら強くは言わないが、海は他の場所に比べて気温が低い――風邪を引いて苦しむリンの姿をレンは見たくなかった。
 海に行くことになったのはリンが海に行きたいからと希望したからで、リンがレンに場所を任せていたら今頃は少し遠いところにある穴場のカフェに行っていただろう。レンが芸能活動をしているためデートの定番と言える場所から足が自然と遠退くが、リンはそれに対する不満は何一つ言わない。
 いつかは遊園地や水族館に連れて行ってあげたいとは思うが、ハイエナの如く這い回る記者がいるため公の場に行くことは今は難しく、それを実行したければ足場をしっかりと固めて何があっても揺らぐことのないようにしなければならない。レンだけのバンドなら多少記者に何を言われようが構わないが、バナナイスはカイト、がくぽと共にやっているバンドで二人に迷惑を描けるようなことだけは避けたかった。
「なんでリンは海にきたかったんだ?」
「なんとなく。最近海にきてなかったなって思ったら行きたくなったの」
 最後にレンと一緒に海に行ったのは数年前の話で、その時はまだレンも芸能界に進出してなく、路上でライブをしている時で、あの頃は地元でも少ししか知名度がなく先はまだ暗闇に覆われていて光が見えていなかった。それでも互いに励まし合い、明るい未来を信じて毎日を過ごしていた――その頃のバナナイスを知る者は極僅かだろう。
「それにここなら心配する必要はないでしょ?」
「ある意味穴場だもんな」
 公共の場ではあるがまだここにくる時期ではないため人の足は自然と遠ざかるので、これ以上の穴場はないだろう。それでも念には念を入れてリンとレンが住んでいる街から数十キロ離れたところにある海にきている。
「でも何もないからつまらないんじゃないか?」
「レンと海を見れるだけで充分だよ。あ、でもあとで一緒に貝を探してくれる?」
「――了解」
 リンの無欲は知っていたがここまで無欲とは思わなかったが、また新たに知ったリンの一面に惚れている自分に気づいてレンは苦笑を漏らす。リンは一体どこまで惚れさせたら気がすむのかと考えたが、リンはそれを無自覚でしているのでそれに制限はない。レンの中にあるリンへの想いが強ければ強いほどリンに惚れて、手離すことができなくなるのだ。
 レンを惚れ直させた本人はレンの思いに気づかずに地平線を眺めていて、その真剣な表情はまるで何かを決意したかのように見えた。思わず口を開きかけたレンだったが、言葉を発する前にリンがレンに視線を向けて微笑んできたので、何も言うことができずに口を閉ざす。
「貝を探しに行こう?」
「リンはどんな貝が欲しいんだ?」
「巻貝でもいいけど、一番は桜貝かな。あの貝が一番好きだから」
「わかった。意地でも見つける」
 冗談には聞こえない声音にリンは慌てて見つからなかったらそれでいいと告げるが、レンは意地でも見つけるの一点張りで、これは見つけるまで帰れないのでは、とリンの中で不安が生まれる。交通機関ではなくレンの運転で海まできたので帰りの便を気にする必要はないが、明日からレンは仕事が入っており、リンもカナリアとしてデビューするので遅くまで海にいるのは賢いとは言い難い。
「見つからなかったらいいからね?」
「やだ」
「子どもみたいなこと言わないで!」
 波によって服が濡れない場所にしゃがみ込んでレンを説得しながらの貝探しが始まった。
 他の種類の貝はすぐに見つかるが桜貝だけはなかなか見つからず、貝探しの間は沈黙した空気が流れる。この空気を変えたくてリンは何か言おうとするが、言葉が見つからずに口を閉ざすという行為を何度も繰り返す。
 カナリアのことをレンに告げようと思うが、いざ話そうと思うと切り出し方がわからずに告げることができなかった。今日を逃してしまえば、レンに告げることはできなくなってしまうと頭ではわかっているのに言葉を出すことができない。

「ねえ、レン……」
「ん?」
「私はレンのことが好きだよ」
「知っているよ。でも俺はリンのことを愛しているけどね」
「っ! それ反則!」
 まさか愛しているなんて言葉が出てくるとは思わず、まさかの不意打ちにリンの頬は赤く染まり熱を帯びる。ごめんとレンは謝るが誠意を感じることは難しく、リンは頬を膨らませながら真剣に貝を探すレンに視線を移す。
 バナナイスのLENの時とは違うレンの真剣な表情にリンの胸は高鳴り、それを押さえるように胸元の服を掴む。そのまま勢いでカナリアのことを告げようと口を開いた刹那、レンの歓喜の声にリンの声は掻き消された。
「リン、あった! ほら、これだろ!」
 嬉々しながらレンがリンの手の平に乗せた貝はリンがほしいと言っていた桜貝で、見つけてくれたレンに対する感謝の気持ちと、言うことができなかった悲しさがリンの心の中で入り混じる。
「ありがとう、レン……」
「どう致しまして。ところでさっき何か言ってなかったか?」
「ううん。何も言ってないよ」
 決意してようやく告げようとしたところで遮られてしまい、出鼻を挫かれたことでもう一度告げることはリンには難しく、せっかくのチャンスをリンは否定することで棒に振る。レンもそれいじょうは追及してくることなく、リンはじっと桜貝を見詰め、それを優しく握り締めた。



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