カナリア | ナノ

 喫茶店でレンと一時を過ごし、レンは仕事、リンはレッスンがあるため別れたのが今から数時間前で、リンとミクは最後の仕上げに取り掛かっていた。ミクは自然体で問題なかったが、リンは言動や振る舞いを意識する必要があり、気を抜けば少年らしさがなくなってしまうため、そのたびに指摘を受ける。
 明るさは最大限に活かすことになっているが、それ以外は男のように演じなければならなく、指示に従い男になりきってみるものの、すぐに素が出てしまうのが最大の問題になっていた。

「凛は明るく大らかな男の子ってコンセプトがいいのよね。どうにかならないかしら……」
 カナリアのマネージャとなることが決まっているルカが、腕を組みながら思案する姿をリンは申し訳なさそうに見詰める。最初は男になれているのだが終盤になると女の子らしさが見え隠れするようになっていて、このままでは今巷で有名のオトメンのイメージが定着してしまう。
「ねえ、リンには身近な男の子いる?」
「一応いますけど……」
「ちょっとその子になったつもりで最初からやってみましょう。たぶん参考にできる存在がないからリンに戻ってしまうのよ」
 確かにリンはこうだろうとイメージをしながらしているが、どこか空想的で捕えることが難しく、曖昧なままで演じた結果がこれだった。ルカに言われた通りリンは身近な男の子――レンをイメージする。この問いにレンならどう答えるか、どう動いていくのか、頭の中にあるレンと同じように行動する。
 それをなぞるのに集中して気づいた時には全て終わっていて、ルカが絶賛するのをまるで違う光景のように見ていた。
「すごく格好良かったよ、リンちゃん」
「ミク……」
「レンくんがいるみたいだったよ」
 リンが誰を参考にするかミクはわかっていてリンの行動を見ていたが、本当にレンがここにいるように思えてしまった――それほどリンがレンのことをよく見ていて、レンの考えを理解しているのだろう。
「これで凛の問題は解決ね! 歌もダンスも問題ないみたいだから、あとはデビューの日を待つのみだわ。無事に社長にいい報告ができそう」
 顔を綻ばせていたルカは不意に思い出したように手を叩き、リンとミクと向き合うとスケジュール帳を取り出す。これからのことについての話だということはすぐに理解し、二人はルカの次の言葉を待った。
「カナリアはこれからデビューするけど、英気を養うために前日はレッスンもお休みにとの社長からの伝言よ。その日は思い思いに過ごして問題ないわ」
 ルカがスケジュール帳を指差した日は休日で、社長からの心遣いに感謝しながら頷いた。
 その日が終わればカナリアの凛と美玖として芸能界に足を踏み入れることになるが、人々がカナリアを受け入れてくれるかは自分たち次第なのだ。その日のことを考えると緊張するがリンの思考の中に別の思いが生まれ、リンは意を決してルカに尋ねる。
「ルカさん。あの、カナリアとしてデビューすることを知人に話したりしたら駄目なんですか?」
「あまり話さない方がいいわね。でも、リンがそんな顔をするってことはただの【知人】じゃないんでしょう?」
 悪戯っぽく笑うルカにリンの顔は一気に赤く染まる――まさか彼氏に話してもいいか、なんて言えるはずもなく知人と言ったがルカに誤魔化しは通用せず――慌てて弁解しようとするリンを見てルカは笑みを深くする。
「あ、あの、その……!」
「彼氏くんになら話してもいいわよ。でもこれからは芸能人ということを自覚してもらう必要があるからね。スキャンダルは絶対に駄目よ」
「は、はいっ」
 ルカの言葉を心に刻みつけながらリンはレンに嘘を吐かなくてすむことに安堵する。今まで独断で話さない方がいいと思って黙っていたが、やはり心苦しくて話してもいい許可を得たことで少しだけ心が軽くなった。――彼氏がバナナイスのメンバーのLENだということは言わない方がいいだろう。これはLENの方にも支障が出る可能性があり、事態をややこしくするだけだ。
「――次会ったらちゃんと話そう」
 幸いにも休みが合ったらデートをする約束をしているので、早く休みが合えばデビューする前に打ち明けることができる。ルカの話が終わったあと、リンは鞄から携帯電話を取り出してレン宛てにメールを素早く打つと送信ボタンを押した。
 返事は早くても明日以降になるだろうと思っていたが、数分後にはメールを告げる音が鳴り響きリンを驚かせた。メールを開くとレンの休みもちょうど重なっていることが判明し、その日にデートをすることが決まり、レンから簡単なプランの案が書かれてあった。
 思わず緩む口元を抑えていると今まで見守っていたミクが一言リンに告げる。
「リンちゃんすごく嬉しそうだね」
「うん、すごく口が緩むの抑えられないかも……」
「青春してますねー」
「もう! からかうのはやめてよ!」
 からかうミクを軽く叩くとミクはそれを笑いながら受け止め、リンは顔を赤くしたまま嬉しそうに笑っている光景は、これからデビューする者の姿ではなく、どこにでもいるような女の子の姿で。つい最近までは他の女の子と同じで、デビューすることになってもそれが簡単に変わることはない――きっと凛と美玖になっても本質が変わることはないのだろうとリンは茫然と考えていた。



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