カナリア | ナノ

 街中を歩いていると聞き慣れた音にリンの足は止まり、頭上にあるビルに設置された大画面を見上げれば見慣れた姿が映し出されていた。画面の中でギターを弾きながら歌う三人組を知らない者は今ではいないだろうと思われるくらい有名で、こうして画面に写ることは珍しいことではない。
「バナナイスが気になる?」
 共に行動していたミクに問いかけられ、リンは小さく頷く。人前で言うことはできないがバナナイスのメンバーの一人であり、花形として活躍しているLENとは所謂恋仲という関係だった。今はバナナイスの活動が忙しいため会うことは難しいが、メールや電話などで毎日連絡は取り合っている。
「レン君に会いたい?」
「うーん……、会いたいような会いたくないような……」
 会いたいと断言すると思っていたミクは、リンの歯切れの悪い言葉に首を傾げた。恋人なのだから会えない時間はつらく、会いたいという思いが募っていると思っていたのだが、リンはミクの予想とは違っていたようだ。
「なんか曖昧な返事だね」
「次会ったら、私一日何もできなくなりそうな気がするから……」
「あー……」
 芸能人として活躍していても、花形として女装していてもレンも健全な男な訳で、愛しい恋人に会えば間違いなくリンを求めてくる――しばらくリンに会えなかった分だけ歯止めをかけることはできないだろう。それを考えれば確かに会うことを躊躇いたくもなる。
 ミクはまだ恋人がいないためリンの気持ちを完全には理解できないが、レンがいかにリンを愛しているかを知っているので、苦労を理解することはできた。
「リンちゃんも大変だね……。レン君って独占欲もすごかったよね、確か」
 レンもリンやミクと同じ大学に在籍しているが、最近は芸能活動が忙しく学校に出ていない。出ていた時は常にリンの傍におり、他の男から守ろうとする姿は騎士のようで、レンがいる間はリンに近寄ることはできなかった。
「苛立ちも溜まってそう……」
「……言わないで、ミク」
 小さく呟いた言葉はリンにしっかり届いており、これから先のことを考えていたリンは溜め息を一つ漏らす。溜め息を吐くたび、幸せが逃げると聞いたことがある――つまり幸せが今逃げたということになる。
「でもリンちゃんはそんなレン君が好きなんだよね」
「うん……」
 整った容姿も少し問題がある性格も好きで、リンは初めてレンと出会ったあの日から心奪われたまま、レン以上に好きになる人はいないと思っている。
 芸能活動をレンが始めた時、遠く感じたこともあったが、レンがその不安を吹き飛ばすくらい愛してくれて、レンが有名になっても何も変わらないのだと教わった。芸能界もいろいろと誘惑は多いだろうがレンを信じることができるのは、レンがリンをいつも真っ直ぐに見てくれているから。
「ミクも早くいい人見つかるといいね!」
「私はまだいいかなあ。男の人ってあまり興味ないのもあるんだけど、リンちゃんと一緒に遊ぶ方が楽しいから」
 ミク自身はまだ恋に興味はないようだが、ミクの容姿はもちろん愛らしい性格は人気があり、ミクの彼氏の座を狙う男は少なくない。よく誘われているのだがミクはそれを断り、リンを遊びに誘っているため惨敗している男が多いのだが、そんなところも可愛らしいようで、彼らの闘争心に火をつけている。
「ミクも芸能活動したら絶対有名になりそう。可愛いし、歌も上手だもん」
「私は自分の歌よりリンちゃんの歌の方が好きだなあ。リンちゃんの歌声ってすごく力強くて明るいから元気をもらえる気がするの」
「ミクの声は澄んでいてすごく綺麗だから、聴いていてすごく癒されるよ!」
 互いに互いを褒め合ったところで恥ずかしさが生まれたが、それと同時に嬉しさが沸き上がり微笑み合う。
 リンが歌を口ずさむとミクがそれに乗るように歌い出す。往来の場所であることは二人の頭から抜けており、二人の歌声に足を止める者が現れ、少しずつ増え始める。
 流れるバナナイスの歌に負けないくらい二人の歌声は響き渡り、聴く者の心に癒しをもたらす。歌い終わると拍手が木霊し、往来の場だということに気づいたリンとミクは顔を赤くして逃げるように立ち去る。
「は、恥ずかしいっ! なんで堂々と公共の場で歌ったんだろう」
「夢中になっていたから、全然気づかなかったね……!」
 次からは気をつけようと心に決めた時、背後から呼び止める声が聞こえ、振り返るとスーツを着た女性が追いかけてきていた。桃色の髪を纏めていて、質素なスーツを身に纏っているが、その人の魅力が充分に伝わってくる。
 足を止めると女性は傍にくると呼吸を整えながら、リンとミクを交互に見回した。
「追いつけて、よかった……っ!」
「あの、何か……?」
「あなたたちの歌声、とても素晴らしかったわ。心揺さぶられる歌を聴いたのは久しぶりだった」
 歌について評価されリンは恥ずかしさから顔を逸らすが、ミクは顔を綻ばせながら女性にお礼を述べる。
 通う大学は音楽関係の授業は一切ない就職するために必要な勉強をする場で、歌うことは久しぶりだったので、歌について評価されることは嬉しかった。
「それで、あなたたちがよければ歌手にならない? あなたたちの歌は全国に聴かせるべきだと思うの!」
「え?」
「全国……?」
 目を輝かせて告げた女性を見詰めながら言われたことを反芻して、彼女がスカウトしにきたことを悟り、リンはどう返答するか思考を巡らせる。
 逃げるという手段も浮かんだが、手をがっしりと捕まれてしまったため必然的に消去され、とりあえず話を聞くということになり、女性が所属している事務所に向かうことになった。



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