今年の冬は寒いと、何かのニュースで言っていたなと今吉は逡巡する。確かにそれは頷けると吐き出す息が白くなるのを見て実感する。冷えきった手の中にすっぽりと収まる肉まんがじわじわと体温に熱をわけてきてじんじんと指先が痺れ始める。買ったばかりのそれが冷える前にかじりつくと柔らかな皮を前歯が突き破り、だが肉にはたどり着かなかった。少しばかし残念に思いながら口の中のものを咀嚼して、嚥下する。
 もう一口、次の一口の為に開けた唇は「あ」の形で制止する。

「お前の」

 突き刺さる視線の主は脈絡の無い言葉で間食を妨害した。ただそれだけを言って視線を下げてしまった為に言葉の意図は拾えない。とりあえずみっともない広げっぱなしの口だけは閉じておく。

「どないしたん、花宮」

 お前の、と主語だけを紡いだ花宮に向けて疑問符を投げ付けても彼は答えない、先程まで穴があく程見詰めていた癖に今は腹立たしい位視線を合わせようとしない。
 花宮の手に握られた肉まんは一口もかじられていないまま、ただ冷えていっているらしいが、今吉のだって多分あまり温度に違いは無いだろうと思って考えを切り捨てた。
「……なんでもねえ」
 ついっと露骨なまでに逸らされた顔に僅かな苛立ちをおぼえる、しかし怒ってしまえば恐らく、花宮の思い通りだろうと今吉は息を吐いた。かと言ってこのまま無視したらば拗ねてしまうような、花宮とはこの上なく面倒臭い奴と今吉は記憶している。
 構ってほしいのは勿論だろうがそれだけでは無いのだろうと想像しながら肉まんに口をつける。その時確かに花宮の逸らされた筈の視線は再び今吉に戻ってきていた。
 ああ成程と、合点がいって今吉は普段から細められた目に似合った不敵な笑みを浮かべて花宮の名前を呼んだ。今吉の低く、そのくせ軽やかな口調で自らの名前を呼ばれた花宮は少し不服そうに今吉と目を合わせた。

「ほれ、あーん」

 その瞬間ぎょっとしたように花宮の目は見開かれた。食べかけの肉まんを花宮に向けて、テンプレートの台詞もつけてやると花宮は頬を染めながら特徴的な太い眉を寄せ、閉じた口をわななかせて今吉を睨みつける。
「食べたいんちゃうんかいな」
 花宮の反応に気を良くした今吉はぷるぷると体を震わせながら「あー」だの「うー」だと呻き始めた花宮に追い撃ちを掛けるかのごとく声を掛けると見事に一睨みされてしまうが大した迫力で無いのは一目瞭然だ。
 暫く無言のまま今吉はにこにこと、花宮はむっすりとした表情の状態で時間を過ごす。人通りが少なくて良かったと思いながらふるりと肩を震わせた花宮が先に動く。観念したように口を開き、目を閉じて今吉の肉まんにがぶりとかじりつく。遠慮の無い大きな一口を咎めるそぶりもなく今吉は満足げに笑って「美味しい?」と他とは違うイントネーションで尋ねる。
 花宮はもぐもぐと丁寧に咀嚼してからごくりと喉を動かした後、感想を言う事なく「ん」と手を動かす。

「え?」
「ん」

 再び同じように手を動かして花宮が持っていた肉まんを今吉の口元に近付ける。ほかほかとした湯気は出ていないし本来ならそこまで食欲をそそられるものでないのだがこれは、今まで食べたどんなものよりも美味しそうに見えると今吉は唾をのんだ。
 花宮とは打って変わって遠慮がちな一口はなんとか具にたどり着く程度だった。それから花宮が買ったものがカレーまんだったと気付いてから味わうように口をもごもごと動かして飲み込む。カレーまんとは言えあまり辛くないのは肉まんならではの甘い味付けからだろう。
 花宮は二度から三度、自らの持つカレーまんと今吉を見比べてから「それだけで良いのか」と視線で訴えてきたが今吉にはこれで十分なのだ。重要なのは、食べることではない。そんなこと今吉の手ずから肉まんを食した花宮だって知っているだろうに本当に可愛らしい奴だと今吉は喉を震わせた。

「……なに笑ってんだよ」
「あら?わし笑いよったかいな」

 白々しさを気取りながら不機嫌を隠そうともしない花宮をからかう。不機嫌は隠さないが上機嫌は隠す、恥ずかしがり屋の彼らしい。未だくつくつと喉の奥で笑っていると流石に花宮も露骨に頬を膨らませ始める、子供じみたその行為だって今吉にからかわれる材料となる事を花宮は知らないのだろうか。
「あんまバカ言ってんじゃねえよ」
 ぷいっと頬を膨らませたまま顔をそらす花宮の姿は正直見たまんま子供そのものなのだが、花宮の性格からして子供と言うのもあながち間違いでもなく思える。まあやることは大抵子供がやるとは思えない卑劣なことばかりなのだが。
 だが花宮がコートの外で手を出す事をしないことをきちんと理解さえしていればこうやって日常を上手く付き合えると言うものだ。

「花宮」

 ぶつぶつ文句を言いながらカレーまんを頬張る花宮の名前を呼ぶ。そうすると無防備に、何の気も無しに花宮は今吉に顔を向ける。

「……!」

 口いっぱいにカレーまんを詰めていた花宮の唇に自分も同じそれを押し付ける。舌先で閉じた唇の隙間をなぞるとうっすらと唇を開けて今吉の舌の侵入を許す。だが特に舌を絡める訳でもなく、今吉は花宮の咥内にあった具だけを綺麗にさらってその唇を離した。
 なるほど確かに美味しいかもしれひんのう。
 今吉が今まで買った事の無かった味を確かめ、悪くない評価を勝手につけている最中、花宮は口をぱくぱくとさせて顔を真っ赤にしている。誰が見てるともしれない場所で大胆な事をしてきた今吉に怒っているのか、または。

「なんや期待したんか?」

 その途端赤かった花宮の顔は爆発したようにより一層燃え上がった。「何勘違いしてんだよバァカ!」なんて叫ぶところなんか可愛らしいとしか言いようがなくて(実際は可愛い以外の色んなものが混じっている)、その姿に今吉はたまらず吹き出しかけるのだがすんでのところで堪え、花宮に向き直る。
 きっと睨むように今吉を見詰めるのに目元や耳まで真っ赤にした顔ではなんの威圧感も無い。寧ろ煽っているだけなんて花宮は気付いていないに決まっている。

「なあ今日、わしんち来るやろ?」

 なんの約束も入れていなかったこれからの時間、今吉は断られる筈がないという確信を持って花宮を家に誘った。花宮が何度も口ごもりながら肯定するまで、今吉はずっと楽しそうに眺め続けた。



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