遅刻





 この時期は部活で流した汗がすぐに冷えて随分体を凍えさせる。寝る時は昨日よりも暖かくして寝ようと思いながら片付けを進める。主将としての仕事がこの部員数百を優に越える帝光では一種の職業のような量に思える。今日の練習分のメモをしっかりとデータとしてノートに纏めロッカーに仕舞ってマフラーと鞄を手に取った。
 漸く終わった本日の仕事、残業手当ては出ないが今日はそれでもお釣りが来る程に恵まれた一日だったと記憶する赤司はマフラーを緩く首に巻き今日と言う日を思い出す。どこかうっそりとしながら微笑む赤司の記憶は朝まで遡る。



 何時もとなんら変わりの無い、決まった時間に起床した赤司がまず気が付いたのは携帯だった。旧くは無いが最新のものでも無い携帯のディスプレイがちかちかとメールの着信を訴えていた。あまりメールを得意としないが来たからにはしようがない、ゆっくりとした動作で画面を開けばきらきらとカラフルな色に彩られた賑やかなメールが姿を現す。
(黄瀬か)
 騒がしいと言っても過言では無いメールには赤司の誕生日をこれでもかと言う程に祝う文面が広がっていて「そういえば」と思い出す。律儀に日付が変わったその瞬間に届いていたメールの返事は直接しようと決めて携帯を閉じた。

 家を出て学校に着くと有り難い事に黄瀬自ら会いに来てくれたので直に礼を告げようと口を開いたところで黄瀬は手ずから愛らしいラッピングの袋を赤司の手に握らせる。まさかこんなものまで貰えるとは思っていなかったからと赤司は少し面食らったが、嬉しさや恥ずかしさが混み上がってきて小さく感謝の気持ちを述べた。
 可愛らしい包装を黄瀬の了承のもと開けてみたら中から小さな色とりどりの星が付いたストラップが手の中に転がった。「たしか赤司っち携帯にもなんも付けてなかったっしょ?」と。意外とよく見てるなあと感心しつつ、恐らく自分を含めたバスケ部を意識したであろう色のセレクトに擽ったさをおぼえていると、後ろから声が掛かる。
「何、誕生日なわけ」
 けだるそうに欠伸をしながら近付いた青峰は黄瀬との会話を聞いていたらしい。肯定を返すと青峰の眉間に怪訝そうな皺が寄る。
「なんでもっと早く言わねえんだよ」
「これどうぞ」
 青峰が少し理不尽な怒りを赤司に吐き出しかけたところで彼の影から小柄な少年が出て来る。相変わらず淡々とした口調の黒子だが今日は余程寒いらしい、少しだけ鼻を赤くしていた。そんな黒子から手渡されたものは黄瀬のようなラッピングが施されたものでは無く、どこかで買ったらしい袋のままだった。
 これもまた黒子の了承を得て開けるとシンプルだがそれでいて丁寧な細工が施されたアンティーク調のステンレスタイプの栞だった。「誕生日でしたよね」と質問系だが語尾をあげず確信をもった口調の黒子に礼を返すと、何時もの無表情ではない、黒子自身も照れたような、
 満足そうな黒子と黄瀬に青峰は暫く「なんで教えなかったんだよ!」と半ば八つ当たりに近い事をしていたが少しすると舌打ちをして自分の教室に戻ってしまった。解放された黄瀬と黒子は安心したように息をつき、改めて誕生日を祝う言葉を残し、自分達の教室に引っ込んだ。
 手の中の二つの小物が暖かく感じて頬を緩めて赤司も教室に戻りホームルームを受けた。



 昼休みになると今度は紫原がやって来た。赤司の机の前にのそりと現れてどさりと、正確にはどさどさと机の上を大量の駄菓子で埋め尽くした。
「紫原?」
「プレゼント」
 成程、黄瀬あたりの入れ知恵かなと少し微笑ましく思いながら紫原を適当な近くの席に座らせる。何故座らされたのかわからないと言った表情で赤司を見詰める紫原に、机の上の駄菓子を一つ手に取って渡す。
「お前と一緒に食べたい」
 一瞬不安そうに顔を歪めた紫原の表情は花が咲いたように綻び嬉しそうに「うん!」と頷いた。
 学校内だけでなく恐らく日本的にも大柄な紫原だが性格は同年代の赤司達よりも幼く、その本質を知っている赤司は今の状況に自然と顔が緩んだ。

 二人でもそもそと駄菓子を頬張っていると次には再び青峰だった。後ろに黄瀬と黒子を引き連れて(後ろの二人は少々窶れている)、自信満々にずいっと目の前に何かを押し付けてきた。マフラーだと気付いた時に思い出すのはそのマフラーを巻いていた青峰の事だ。
「これはお前のだろう」
「これくらいしか思い浮かばねえんだよ! 今年新しくしたばっかだからあんま汚れてねえと思うから受け取っとけ」
 思わず苦笑すると照れたようにそっぽをむいてずかずかと教室を出て行ってしまった。呆れたように笑う黒子達も赤司と似たような気持ちなのだろう。仕方なさそうたに、それでもそれが宝だとでも言うように笑って青峰の事を追い掛けていった。
 青峰らしいと思いながら白と紺のマフラーを握り締めてその背中達を見送り、また一つ、駄菓子を口に放り込んだ。話している間もずっと駄菓子を咀嚼し続けた紫原によって、昼休みの内に机の上の駄菓子が全て無くなった事は言うまでもない。



 記憶は冒頭に戻る。ストラップの付いた携帯と栞を挟んだ読み掛けの本を鞄に丁寧に仕舞い込み、その鞄を肩に掛けるとずしりとした重みが何時もよりも心地好く感じる。マフラーの暖かみが襟よりも上の素肌の部分を包み込む。部室に鍵を掛けて部活棟を出ると赤司は一つの影を視界に捉えた。
「緑間、まだ帰っていなかったのか」
 自分より一回り以上大きな体に駆け寄ると完全防備(マフラー手袋耳あて)で待ち構えていた緑間はふんと鼻を鳴らし赤司に合わせて歩き始める。これは余談だが左手には普通の手袋の上にさらにミトンの手袋を重ねているらしい。
「別に赤司を待っていたわけじゃ無いのだよ」
と言いつつ赤司の歩幅に揃えて歩みを進める緑間は単に素直で無いだけだと赤司は知っているため緑間のお得意のツンは軽く笑い飛ばす。
 十二月ともなると時計が七の時間を告げる前でも随分暗く、足元すらうっすらと陰って見える。街頭を頼りに、たまにぽつぽつと言葉を交わしながら歩くと途中ぼうっと一際明かりを放つものが目に飛び込む。それが自販機だと気が付くのには時間も掛からず、やけに明るさを主張するそれの前で緑間は立ち止まった。
 またいつものようにおしるこでも買うのだろうかとぼんやり思いながら自分も飲んでみようかと財布を取り出そうとすると目の前にずいっと缶が差し出される。
「え……」
 平仮名でおしること書かれたその缶をぐいぐいと押し付けるように差し出され、躊躇いつつ受け取ると冷えた指に一気に熱が染み渡る。くいっとミトンの手袋の先で眼鏡のブリッジを押し上げたあと緑間はもう一本おしるこを買った。

「緑間、」
「何を買えば良いか、わからず、こんなもので申し訳無いとは思っているが、何も思い付かなくて」

 途切れ途切れのたどたどしい口調に思わず笑みを零すとかっと顔を赤くして「笑うな!」と怒られてしまう。赤司にとって誕生日なんて誰にでも訪れる一種の通過点程度の認識でしか無かった。家での祝い方はめでたいと言うよりもただの行事のように思えた。
 擽ったさは朝よりももっと増していて気が付けばこんなにま暖かさで満ちている。ぷりぷりと憤慨する緑間に一言すまないと言えば鼻を鳴らして顔を逸らされてしまう。目の下から頬に掛けてが少しだけ赤いのは寒さだけではないのだろう。

「いやすまない……俺は自分で思っていたよりも感傷的だったらしくてな」

 目を閉じておしるこを握る手に少しだけ力を込める、自販機の明かりで照らされた指先には熱が伝わったのか色が着きはじめていた。意外そうに目を丸める緑間も珍しくてつい笑みが零れるのだが、今度の緑間は憤慨する事もなく赤司の言葉の先を無言で促す。
「今日一日で俺は一生分の幸せを味わったような気分だよ」
 左手で缶を抑え右手の人差し指でプルタブを引き上げるとふわりとあんこの少し甘すぎる香りが鼻孔をついた。空気の温度との対比でもわもわと立ち上る湯気がより一層おしるこを美味しそうに見せる。
 器用にミトンの手袋の指先で缶を開ける緑間に一種の感心を覚えつつ再び足を進めはじめる。

「とてもね、嬉しいんだ」

 体を前に向けたままくるりと緑間を振り返る赤司はにこりと、眩しいものを見るように細められた瞳で微笑んで、そう言った。吐き出された白い息は暗い夜に溶けていった。
「人事を尽くせばこれからもっと、幸せになるのだよ」
 緑間と言う人間を表すのに一番相応しいであろう言葉を用いて赤司の言葉を肯定を含めたそれで否定をする。そうかもしれない、純粋にそう思いたいのは赤司自身が今と言うものに依存している証拠だと赤司は気づいている。
 だが赤司は今の時点でこの関係が長く続かない事を予想している、チームメイトである少年達の成長も、その光の影が思うところも。何時か訪れる崩壊の音を赤司はその耳に常に響かせながら今をいとおしんだ。

 そうして次の年の同じ日を赤司の予想通り瓦解してしまった彼らは今とは違う関係で過ごす事になるのだが、それでもその時も同じように少年は笑うのだ。



Title by花眠
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